四十九夜  愛ゆえの…

「トルギス、あなたなの…?」

仮面が取れたヴァンパイアの素顔は、

「姉様」

ヴァンパイアの正体は、クレアと同じく惨劇を生き延びて、祖父母のもとにいるはずの従弟トルギスだった。

「どうして?どうしてなの?」

アマ、ミズキ、フィナ、トモエは驚いた。

「うそ?」

「クレアが話していた従弟の…?」

「写真でしか見たことなかったけど、クレアの従弟がどうして、ヴァンパイアに…」

しかし、クレアは一番動揺していた。

「違う。違うわ…トルギスはヴァンパイアなんかじゃないわ。人間の男の子よ」

「クレア姉様、僕だよ。2年ぶりに会ったのにひどいな。何も変わらないよ」

「だって、ヴァンパイアになってしまったの…?貴方を常闇の女神たちから守るために、私は、私は…」

冷静で強気なクレアが、正気を無くして大粒の涙を流して、膝から崩れ落ちた。

彼女の気持ちを表すかのように辺りは闇雲に支配され、やがて、涙雨がぽつりぽつりと降り出した。

やがて、再びトルギスは言葉を無くし、奇声を上げて、瞳は血走り、牙を向けて五人に襲いかかってきた。

トモエが、

「クレア、危ない」

彼女を抱きかかえるようにヴァンパイア化したトルギスから身をかわす。

しかし、

「…ッ痛」

「トモエ」

「トモエ、クレア!!!」

アマとフィナとミズキが二人に駆け寄る。

トモエは、近くに落ちていた砂利で足をすりむき、出血していた。

「大変」

ミズキは不意にお気に入りの水色ハンカチを傷に当てた。

「トモエ…」

怪我をして痛がる相棒の姿、手当てをする皆の姿を見て、クレアは我にかえり、トルギスに向かって叫んだ。

「トルギス、もう、やめて!!」

「クレア」

「リーダー」

雨音もかき消すような声、辺りに落ちる木の葉が散った。

「トルギス、寂しかったのよね。私が戻ったら元気に、笑顔で迎えてくれていたけど、お祖父様とお祖母様が言っていたのよ。夜にお城の方を向いて泣いているあなたの姿を、私まで帰って来なくなるんじゃないかって怖かったんだよね…」

クレアはゆっくりと近づき、彼をいつものように優しく赤子のように抱きしめ、耳元でこう言った。

「もう、姉様も戦いをやめるから、二人で一緒に行きましょう」

この発言に四人は意味を察して、引き止めた。

「クレア、貴女、それはこの場で戦いをやめて、立ち去ることよ」

「敵前逃亡よ。王国への反逆罪よ。死刑になるわよ」

クレアが言った二人で行こうとは、このまま戻るのが、王国でも、ラッシェオたちの所でもトルギスはヴァンパイアになれば始末されるか封印されて闇世界に永劫閉じ込められてしまう。

何より、倒せなければクレアたちも任務放棄とみなして厳しく罰せられる。

ならば、ここで、

「ミズキ、トモエ、フィナ、アマ、今日までありがとう」

自ら左手の人差し指を噛み切り、血を持っていた家族の写真が入ったペンダントに付けた。

「さようなら」

クレアの目に大粒の涙が浮かんでいた。

クレアは激闘の末に戦死、行方不明になったとすれば皆や祖父母や恩人の夫妻にも迷惑はかからない。

そお、クレアとトルギスはこの異世界で誰にも見つからない場所に行くことにしたのだ。

「クレア姉様!」

優しく微笑む彼女を見て、トルギスは安堵したのか笑顔を取り戻した。

そして、雨がさらに強くなり始めた頃、彼女の肩を抱いて、周りの皆が制止する声をかき消し涙雨の中二人の姿は赤い鳥居の彼方へ消えた。

「クレア」

二人が消えた後、皮肉にもそれまであった神社も鳥居も石畳も消えた。元の服装になり、ラッシェオたちの塔の広場の真ん中に帰還したのだ。









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