十五夜 涙の記憶
「二十年前の事だ。私たちは孤児院で出会った」
フーガの開口一番は衝撃だった。
「私は親を早くに亡くした。いや、家族がいなくなった…二人と同い年のときだ」
フーガは元々裕福な家に生まれたが、両親が事業の失敗で多額の借金を背負い、事業再建にむけて動き始めた矢先交通事故に遭い、両親と三つ下の弟は亡くなった。
祖父母もすでに亡く、頼れる身内はいなかった。
「俺は九歳の時に、親父やお袋から優秀な上の姉さん二人を大学やら高校に行かしたいから、町の工場へ弟子入りしてくれと言われた。素行が悪かったから、先に手に職を付けさせたいと考えたんだろう。毎日、親方や兄弟子たちに殴られたり、蹴り上げられたよ。背中にはその時の傷があるよ」
ピースは壮絶な育児放棄やパワハラを受けていたなんて、ラッシュオは昔父と入浴中に背中にある傷を見たことがあるが、いじめっ子と喧嘩して出来たと言っていたが、本当はそんな悲しい傷跡だったなんて…
ルルは
「私は、両親にリゾート地に置き去りにされたのよ。あまりにも無関心な両親だったけど、公衆トイレに置き去りにされたのよ…警察に保護されるまで何時間も待ったわ」
ティアは涙を零していた。声が震えていた。
ルルは両親の壮絶な生い立ちに絶句し、涙が止まらなかった。
「私なんて、家族なんてかりそめだったわ。両親は兄にばかり贔屓して、教育も食事もオモチャも与えて貰えなかったわ。跡取り息子が大事だからって思っていたわ。でも、そうではなかった…両親が流行病でいっぺんに亡くなった時…」
ユリは涙で声が震えていた。
喋るのも辛いのだろう…だが、ピースは妻の手を優しく握る。
「私は、親戚にも引き取られるのを拒否されたの、父が他所の女性との間に遊びで出来た子だったから、血の繋がりがないから…だから、兄だけが引き取られたのよ。もっとも、その兄もすぐに街で女の子たちをはべらかしている時に、恨みを持っていた者に刺殺されたけどね。私が六歳の時よ」
ユリが話し終えた頃、ルルとティアの泣き声が聞こえた。
「私たちは、孤児院「ヘブンズ」に入ったが天国などではなかった」
フーガ、ピース、ティア、ユリの入った施設は名前こそ立派だが、内部は最低最悪の場所、地獄だった。
いじめ、体罰、感染症、国やお金持ちからの補助金や寄附金は全て職員がネコババなどが日常的になっており、心身を壊される子供がたくさんいた。
「何人もの仲間が自殺したり、病気や怪我で満足な看病や手当てもされず死んで行くのを看取ったわ。ユリは最年少だったから、よく風邪を引いたり、喘息になった看病したのよ」
ティアが涙ながらに語るとユリも泣いた。
ラッシェオは、両親たちをいじめた者たち全員に対して殺意が芽生えそうになった。
その場に連中が現れたら、容赦なく殴りかかっていただろう。
それから、四人は色々話してくれた。
施設の畑仕事や裁縫仕事などの作業に従事させられても満足な食事もなく、遊ぶ時間も勉強もさせてもらず、学校に行っている同年代の子たちを羨ましく思った事、くたくたになっても風呂もシャワーもなく、寒い冬でも冷たい水で身体を拭いた事など、何度も死にたくなりそうになったが互いに励ましあったことなどをずっと話した。
壮絶な両親たちの涙の記憶…ラッシュオとルルは悲しい漫画や映画を見たような気持ちになった。
両親たちも…
しばらく沈黙が続く、このまま波の子守唄を聞きながら眠ろう。朝になればこの話を悪夢として忘れようと考えた。
「今が、
“えっ?”
今が本当の夏休み…?
誰が言ったのか…
「今が僕らに平等に訪れた夏休みなんだと思うんだ」
ラッシェオが放つその言葉に皆が呆気にとられた。
ルルは身体を起こし、
“パンッ”
そして、ラッシェオも同じように起こすと無言でビンタをした。
「おバカ!!お父さんたちがどれだけ辛い思いして話してくれたと思っているの?よく、そんなふざけた事言えるわね。見損なったわ」
彼女の瞳からは大粒の涙が零れていた。
だが、ラッシェオは、
「落ち着けよ。悲しい気持ちでそんな冗談を言うわけないだろう。ここは異世界だ。僕らも父さんと母さんもおじさんたちも辛い思いをたくさんした。ここには、そんな連中もいない。だから、いっそ、帰るまでの間は学校も仕事も、同級生や先生も、会社の人たちのわずらわしことは全部忘れて、宿題も補習もない夏休みを楽しもうよ。世界中の誰もが羨ましく思う最高の“ナツヤスミ”を」
ラッシェオは、今何もない異世界だからこそ、誰も体験出来ないナツヤスミをしよう。いじめたり、馬鹿にしてくる奴らに自分たちは普通に体験出来ない夏を体験したと胸を張って自慢出来るようにして見返してやろうと声高に言った。
すると…
「あはは、十代の息子に言われるとは、若いとは羨ましいな。ラッシェオの言う通りだな」
ピースも上半身を起こして言った。
「まあ、仕事も宿題も補習もない。ないない尽くしの休みなんて簡単にはないものだしね」
「本当、主婦も仕事も今だけは夏休みね」
「ルル、彼と夫婦になれたら、家は安泰だな」
大人たちは、少年の前向きな考えと姿勢に、熱い言葉にパワーをもらい、大賛成した。
そして、ルルもラッシェオに抱きついた。
「ごめんなさい。ラッシェオ、私、あなたを誤解していたわ。そうだよね。誰よりも優しく人の思いを考えられるあなただよね。私も大賛成よ。大好きだよ」
「僕もだよ」
優しくキスを贈る。
「よし、明日から二回目の大冒険だ。楽しみだ」
「新たな夏の大冒険ね」
「OK!!」
両親たちは小さな夫婦に祝福を贈った。同時に束縛していた涙の記憶は、二人によって浄化され始めたのだ。
月や星たちもそんな彼らを祝福してくれているようだった。
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