十夜 異世界も美しくなる考え方
電話も通じない。
「警察や消防、軍に救援を求めることも出来ないな」
「メールも出来ないし、SNSも反応がないわ」
ラジオは電波が受信出来ず音楽や漫才、トークショー、ニュースも聞こえない。
GPSの位置情報も皆無だった。
いったい、ここはどこなのか…?
「キャンプ場から町までの距離は直線で八キロしかないのに、途中には森なんてないのに、あの森はどこから出てきたんだ?」
ピースは窓の外から、突然現れた小さな森に不思議がっていた。
「昨夜って、三日月だったよね…」
ラッシェオに話しかけるのは、ルルだった。
「ルル、そうだよ。綺麗な三日月…」
彼女の指差した西の闇夜に浮かび光を照らす月を見て、ラッシェオは叫んだ。
「満月」
そこには、美しい丸い月が昇っていた。
あの美しい光の世界で見た月は、三日月だったのに、一日で変わるなんて…
「私たちは、もしかして、まったく知らない別の世界に足を踏み込んでしまったのかもしれないわ」
「SF映画や漫画じゃないのに、こんなこと…」
「…タイムスリップじゃなく、別の異世界にやってきた。時空移動したのか…」
皆が口々に言うが、フーガは、
「とりあえず、闇雲に動くのは危険だ。明るくなるまで待とう」
車のバッテリーを節約するために、車内の電気は全て消した。持って来ていた懐中電灯や油を灯すランプも節約のために使わず、六人は車内で固まりあって横になり、休んだ。
「う、う〜」
ティアの顔に何か光が当たり、眩しさを感じた。夫のフーガを起こすとなんと一時間もしない間に夜明けを迎えた。
そういえば、月は西の方にあった。
時計を見たが、秒針はキャンプ場を出発した午後九時台のままだった。
完全に謎の異世界に来てしまったと確信した。
恐る恐る車の外に出てみると、そこは…
「メビウスと同じ大草原だ」
「嘘…」
「それじゃ、俺たちは元の場所に戻って来てしまったのか…?」
そお、キャンプをしていた場所から全く移動していなかったのだ。それとも、知らない間に舞い戻ったのか…?
安全を確認し、車外に出て辺りを調べた。だが、新たな真実を知ることになった。
「ここは、メビウスのキャンプ場じゃない。シロータマウンテンがこの位置から見えたはずなのに、山がない。変わりに現れたあの森、さらに、草原の向こうに、あるはずのないものがある」
フーガとピースは、簡易的に空を飛べるドローンアーマーで上空から調べてくれた。メビウスよりもさらに広大な草原で、川遊びをした川が無くなっていた。
ここは…どこなのか…?
とりあえず、周りを歩いても調べてみた。
すると、ティアはあることに気付いた。
「ねぇ、この草原の草だけど、私たちの知っている草ではないわ。見たこともない種類だわ」
六人の住む世界の草は、芝生のような感じの草だが、足元に生えているのは雑草だ。モルディーでこの種類が生息しているのは、西方の草原に生えているくらいだ。
しかし、ここにあると言うことは、
「西の大都市ジャカルの隣にあるツバル草原じゃ、この草、前に旅行ガイドで写真を見たことがあるわ」
ラッシェオは、旅行雑誌や地域の特産品の図鑑を読むのが趣味なので、ジャカル市とツバル草原を読んでいた時に見た記憶がある。
「私、ジャカル語なら勉強したことがあるわ。問いかけてみようか?」
ティアが、ラジオの周波数をジャカル市に合わせて、情報が入るようにするが、それでも…
「だめだわ」
ラジオからは何も聞こえない。
さらに、ラッシェオが地理に詳しいくツバル草原なら必ずあるはずの赤土で出来た小さい岩山「サニーズロック」が見当たらなかった。
「サニーズロックは、大昔の旅人やキャラバンたちが目印にしたツバルのシンボルだけど、それがないなんて…」
こうなるといよいよお手上げだ。
どうやら、異世界で怪物や悪の軍団に見つからないようにするか、それとも、危険を承知でまた、情報を探すかと岐路に立たされた。
「でも、ここ、そんなに悪くないと思うよ。見て…」
ルルが指差す先には、
「嘘だろう」
「綺麗」
そこには、赤、ピンク、白、青、紫、黄色、黒、色とりどりの美しい、百花繚乱の咲き乱れる花畑があり、隣に透明の鏡のように澄んだ水が流れる小川があった。
「異世界も美しいものがあるんだ」
「もしかして、これは、迷い込んだじゃなく、誘ってくれたのかもな」
「きっと、そうね」
「よし、調査じゃなく、探検しようよ」
「そうだね」
こうして、六人は招かれた異世界を楽しむことにした。
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