1-2.変質者再び

 ようやく訪れた平穏な盆休み。母さんは仕事に行ったし、史織しおりは昨日から同じ中学の友達の家でお泊まり会らしい。妹ラブな俺としては寂しいが、今日は心置き無くごろごろするとしよう。


「お、変質者捕まったのか。あれ?」


 小さなネットニュースになっていた。顔写真は小太りのおっさん。昨夜のおじさんとは似ても似つかない。認めたくないがあのおじさんは無駄にスタイル抜群だった。しかもあんなに目立つ格好のことが何ひとつ触れられていない。


「あいつじゃなかったのか……。まああの時点では犯罪は犯してなかったけどさ。怪しすぎだったよな」


 犯罪者扱いしてごめんよ、と心の中で謝っておく。暑さで頭がやられただけのコスプレおじさんだったのかもしれないな。うん。十分変質者だ。



**



 おじさん、そんなに悪いやつじゃなかったのかもしれないな、なんて思ってた時期が俺にもありました。


「少年、夢の世界に行こう!」


 心なしか昨日よりパワーアップしたおじさんに会ったのは昼食を買ってコンビニから帰る途中のことだった。明るいところでも安定の変な格好である。太陽のもとで見ると、ちょび髭がなんとなく偽物っぽい。

 てか、俺狙われてるの? こういう人って無差別にやってると思ってたけど、二度も遭遇するものなのか。


「あのー、結構ですって」


「そう、君だから声をかけているんだよ」


 話が噛み合わない。

 いや、また心の声に返事されたのか。忘れてたけどこれが一番気持ち悪かったんだ。


「おっと、すまないねぇ。びっくりするよねぇ、普通の人は読まないからねぇ。でも気持ち悪いはちょっと傷つくなぁ。私は君を夢の世界に招待しようとしているだけなのさぁ」


 間延びした声がどうも敵意をむしり取る。その紫色の奇妙な瞳を見ていると、まあ頭の中ぐらい覗けてもおかしくないように思えてくるから不思議だ。


「ところで、あなた誰なんです?」


「だから夢の世界への案内人だと──おっと、私としたことが名前を名乗っていなかったねぇ。すまないねぇ、許してくれたまえよ。私は案内人のレーヴ。Mr.レーヴと呼んでくれてかまわないよ」


 Mr.レーヴ? まあさすがに日本人の顔立ちじゃないもんな。本名ではないにしても。芸名か何かかもしれない。


「人に名前を聞いたからには君も名乗ってくれるんだろうねぇ、少年」


 なんか嫌だなぁ。変質者に名乗って良いのか? でも頭はおかしいが悪い人ではなさそうだし……。


「おじさんの言うことも一理ある、か。俺は──伊織ですよ」


 下の名前だけ言うことにした。


「ふうん、イオリくんねぇ。私のことはMr.レーヴと呼んでほしいんだがねぇ。ひとまず名前を聞けたから良しとしようか」


 名前を呼ばれるとなんだかゾワッとした。早まったかな。

 でも呼び方はおじさんで十分だろう。Mr.レーヴじゃちょっと名前が立派すぎる。


「で、イオリくん。夢の世界に来てくれるかい? みんな大好き夢の世界だよ」


 だから怪しすぎるんだって……。


「お断りします」


「つれないなぁ。きっと悪いようにはしないのに。どうしてそんなに拒むんだい? 他の子たちはすぐについてきてくれるんだよ?」


 おじさんは眉を下げて大袈裟に首を捻る。動きがいちいち芝居がかっていてうるさい。


「知らない人にはついて行かないって今どき幼稚園児でも知ってますよ。おまけにおじさんの格好怪しすぎるし」


 他の子はついてきたって本当だろうか。こんな怪しいおじさんについて行くほど現代っ子は馬鹿じゃないぞ。ていうかまさか小さい子を誘拐してるのか? え、じゃあやっぱり本物の犯罪者?


「まあまあまあ、待ちたまえよ。イオリくん。そう結論を急がないでほしいねぇ」


 また考えを読んだのか、おじさんがポーカーフェイスを崩して慌て出す。


「今君が言ったんだろう? 知らない人には幼稚園児でもついて行かないって。私は正当な理由で子どもたちを案内しただけさ」


 うーん怪しい。が、証拠もなしに犯罪者扱いするわけにもいかないか。ここはひとまず。


「とりあえず腹減ったんで帰りますね」


 退散しますか。

 じゃあ、といって踵を返した。後ろでまた来るからねぇ、と間延びした声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。そうに違いない。



 さて、おじさんについて調べてみるか。

 ようやく冷やし中華を食べ終えて、適当に片付けたらパソコンを開く。そういえば炎天下ではなかったとはいえ真夏に長時間立ち話していたのに、冷やし中華まだちゃんと冷たかったな……。


[シルクハット 変質者]


[マジシャン 変質者]


 ヒットしそうなワードで検索をかけるがそれらしいヒットはない。過去にタキシードを着た露出魔がいたようだが、関係ないだろう。いつの世にも変な人はいるものだ。


[夢の世界 誘拐 子ども]


 これでも駄目か。そういえばあのおじさん、案内人とか何とか言ってたっけ。


[夢の世界 案内人]


 怪しいサイトばかり引っかかる。なんか違うな……。


[夢の世界 案内人 子ども]


 やっぱり駄目か。検索画面をどんどん進めていく。

 と、かなり関連度の低いページまで来た下の方に不思議なサイトを見つけた。


『夢の迷い子伝説について』


「これは……」


 妙に興味を惹かれてそっとクリックする。あのおじさんに伝説なんて関係なさそうだが。

 そこに出てきたのは以外にシンプルなデザインの個人サイトだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る