01-007 2022年 - ダンジョンでアンデッドを駆逐する

 さくらは三日ほど練習したが、《ターンアンデッド》を習得することはできなかった。  《明かり》に、怨霊退散!! 的なイメージを乗せて《聖光》を発動するまではよかった。《聖光》を近づけると、アンデッドは恐れるように立ち止まり、引き返していく。さらに、滅せよ! 的なイメージを乗せてみたのだが、《聖光》と効果に変わりはなかった。崩れ去るような効果を期待していたのだが。  注ぎ込む魔力も増やしてみたが、結果としては《聖光》の大きさが変わっただけだった。

「うーん、なんでできねーんだろうなぁ……」


安全地帯である階段から、通路をずりずりと歩いてくるゾンビたちに向かって嫌そうな顔をしながら《火球》を投げながらさくらはひとりごちた。

 さくらの赤い魔力光を放つ手のひらほどの魔法陣が三つ生じ、火の玉が飛び出す。火の玉は、ビュンッ! と飛んで、それぞれに命中し、燃やす。二発三発と当てると、ゾンビはさらに燃え上がり、さくらのところにたどり着くことができずに、燃え尽きる。


期待した魔法は使えていないが、結果は出ているので練習を続けていたが、さすがに飽きてきた。ちなみに、できるようになったこととは、《聖光》を覚えたことと、攻撃魔法を三つ同時に発動することだ。 十分にすごいことだが、これでは足りない、とさくらは思っていた。


自分が魔物より強いということは確信していたさくらだが、もし万が一アンデッドになんて触れられでもしたら冷静さを失う自信がある。もしかしたらショックで意識も失うかもしれない。それではまずいので、この層の魔物は倒し尽くすことにした。アンデッドと言えば《ターンアンデッド》だ、ということは知っていたさくらだが、《ターンアンデッド》がどんな魔法かは知らなかった。それもあり、習得には至っていなかった。


アンデッドに近づきたくなかったため、遠距離魔法の練習に時間をかけたが、魔法以外も一応は試してみた。魔法が効かないアンデッドもいるかもしれない。

 槍に《聖光》をまとわせて攻撃することで、魔物はさくらに攻撃をしてくることはなかった。さくらの攻撃が当たると、麻痺したように動きが止まった。

 しかし、槍はスケルトンの骨の隙間を通り抜けやすく、ゾンビへの刺突はいまひとつダメージを与えられていない。

 本当は他にも手もあったかもしれないが、ホラーが嫌いなさくらは、アンデッドに関するさまざまな想像などしたくなかったのだ。


そこで、方針を切り替えた。 さくらは、今使える魔法の威力をあげることにした。

 火魔法は、効果が高そうだが、威力を上げるのは、多分まずい。一発二発ならまだいいが、アンデッドは妙に出現数が多いし、燃えにくい。《火球》も何度も使っていたら、なんとなく空気が薄くなっている気がする。酸素がなくなっているんじゃないだろうか。では、どうするか……。


攻撃魔法で一番良く使っているのは、雷の魔法だ。他はほとんど使っていない。今まで通り過ぎた階層で、雷が効かない魔物はほとんどいなかった。

 ゾンビにもスケルトンにもそれなりに効いている。ゾンビには《火球》のほうがダメージが高そうだが、スケルトンには雷のほうが効いている。

 さくらは、そういえば魔法にちゃんとした名前をつけていないことを思い出した。なんとなく口に出したほうが発動しやすいので、《かみなり》! と言っているが、それは多分魔法名じゃないよねぇ、と思っている。


やっぱり、《一〇〇万ボルト》だろうか、いや、それはまずい、きっとまずい。しかし、威力を上げる練習をするのにちょうどよい名前だ。


たぶん。

 さくらはそこでふと思った。《一〇〇〇万ボルト》! って唱えれば一〇倍の威力になる気がする。《一億ボルト》! って唱えると一〇〇倍とかできそうだ。


名前はともかく、一番使い慣れている雷魔法の強化に取り組んだ。とりあえず《かみなり・一〇倍》ということにした。

 体内から取り出す糸の太さを一〇倍にし、ふわっと効果が上がるイメージをして使ってみると、確かに威力は上がった。しかし、中途半端な魔法になった。雷の太さと明るさがあがったのだが、魔物に与えるダメージが上がったかどうかはよくわからなかった。ゾンビは一撃では倒せなかった。


さくらは改めてイメージをし直した。まずは威力の出る距離を伸ばす、ダメージ量と貫通力をあげる。とにかく、一撃で通路全体の範囲を殲滅できるイメージだ。とにかくなんかすっごい雷が飛んでいくイメージをしてみた。


さくらは、スケルトンならまだ他の魔物と同じように戦える気がするが、グールやゾンビのようなお肉のついているのは無理だと思っている。近づかず、魔法で完全に殲滅してしまわなければ、この層を歩けない。


いくら《反射結界》があるとしても、視界に入ったら落ちついていられない自信がある。


下の層でやったように、《反射結界》に防御をまかせ、魔力循環して向上した身体能力で力まかせに、この層を走り抜けるという手も考えたが、ここはダンジョンなのだ。道を間違えて戻ることなどざらにある。というか、今までも苦労してきたのは魔物ではなく迷宮そのものだ。ゾンビらが視界に入ると正常心を保てない可能性がある。

 あっちへ行ったりこっちへ行ったりしている間に、この層の魔物に何度も出会うことは避けたい。なので、魔物はなるべく倒してしまいたい。

 まずは殲滅だ。汚物は消毒だ。


そういうわけで、さくらは雷魔法をさらに一週間ほどかけて強化した。もう、この層で一〇日ほど立ち止まっていることになる。携帯端末は一度完全にバッテリーが無くなったことで時計がリセットされてしまったらしく、今日の日付はわからないが、電源を入れてからの日数は分かる。


幸い、体内の炉から取り出せる魔力は底を感じたことがない。イメージ強化は難航したが、実際に発動しながら少しずつイメージを修正した。ついでにそれっぽい名前も考えた。

 ダンジョンから無事に出ることができたら、子どもたちにゲームを借りよう、そうしよう。


「《雷撃・三〇倍》! あいつらを焦がし尽くせ!」


さくらが突き出した片手の手のひらの前に、今までより大きな魔法陣が生じた。魔法陣は黄色い魔力光で円を描き、幾何学的な文様とルーン文字により構成されている。

 魔力光はさくらが魔力を注ぎ込むと輝きを増し、魔法陣の周りをパチパチと音をたてながら放電光が遊びだした。

 数秒後、魔法陣と同じ太さの雷電が発生し、魔法陣から通路の突き当りまで放電光が駆け抜けた。


通路の見通せる範囲にいたゾンビやスケルトンは全て崩れ落ちていた。ズタボロだ。通路にただよっていたなんとも言えない腐臭のようなものは、オゾン臭と焦げ臭さに置き換わっていた。なんとも言えない匂いに変わりはないが、腐臭よりはマシな気はする。

 

 「ふふ、ふふふふ、あたしが家に帰るのを邪魔するやつらは、みんなビリビリしてしまえ!」


さくらの目の前の通路は《雷撃》によって焼き払われた。直進しかできない魔法だが、その威力は尋常ではなかった。進路上の魔物は全て殲滅された。ビリビリどころではない。


ついにさくらはこの層の探索を始めた。《聖光》を槍の先に発動し、たいまつのように持って通路を照らす。

 もしアンデッドがいても、近づいてこないはずだ。まだ出会っていないが、ゴーストのような実体を持たない魔物はこれで対応できるはずだ。できなくても《反射結界》が弾く。


家族の写真を見て気力を取り戻したさくらだったが、逆に、それがさくらの忍耐力を削ってしまっていた。ようするに早く家族に会いたくてたまらなくなってしまっていたのだ。

 この階層までさくらは時間がかかったとしても、非常に慎重に攻略を進めてきた。

 しかし、その慎重さが失われつつある。

 

 さくらは吹っ切れてしまった。そもそも、魔物の強さも、少しずつ倒しやすくなってきていたことを感じ始めていた。もう、階段と《反射結界》で休みを取りつつ進んでいっても、問題なさそうだ。


その結果、これまでのペースはなんだったのかという勢いで、さくらはダンジョンをどんどん上っていった。道に迷わなければもっと圧倒的に早かっただろう。

 そしてついに、目が覚めてから約二ヶ月で三一層に到達した。


それは六〇層あるこの練馬ダンジョンの半分。魔物が出る最後の層だ。一層から三〇層までは魔物が出ないことは孝利たち調査隊が確認している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る