01-006 2022年 - ダンジョンを上ってみることにした(再)
さくらはコアルームの固い床にジャージを敷いて寝転がっていた。今日のできごとに興奮しているのかいつもより寝付きが悪い。
「攻撃は……通ったな。ダンジョンは下に行くほど強くなるから、あの一つ目を倒せるなら、攻撃力は十分のはずだよな」
落ち着いてみると、結局はダンジョンの魔物と渡り合えていたということになるのだろうか。もちろん、攻撃を当てられないくらい素早い魔物や、強くはないが特別硬い魔物もいるかもしれない。特殊能力のある魔物だっているだろう。
だから、油断してよいわけではないが、展望としては明るいと考えてよいはずだ。
死んではいなかったようだが、サイクロプスはあの時点では完全に無力化されていた。少なくとも、雷の攻撃魔法は十分な武器となる。
槍での攻撃や、《反射結界》の強度の確認など、確認していないこともたくさんあるが、それは上りながらでもよい。
ダンジョンは下層へ行くほど魔物は強くなる。サイクロプスが一番強いのなら、私はダンジョンを上っていけるはずだ。
さくらは自分の戦闘力をそう分析した。
「でも…」
そう、問題点はたくさんあった。魔物を殺すことに心が追いついてきていない。これは一番大きな問題だ。最後の最後でなにか心が振り切れてしまって魔法を使えたが、次も使えるかは、まだわからない。
とはいえ、覚悟はもう決まった……つもりだ。
まだある。後ろから近づいてくる魔物に気づかなかった、サイクロプスの顔が怖くて怖気づいた。
それに、試していないこともある。魔法が効かない魔物はきっといる。だから、槍で戦うこと。雷の魔法が効かない魔物がいるかもしれない。雷以外の魔法も使えるか試していない。
「しばらくは訓練しながらここと上層を行ったり来たりするしかないか」
そこまで考えて、落ち着いてきたら、やっと眠気がやってきた。
さくらは、目を閉じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
初めて階段を上って、サイクロプスとの戦いから逃げ帰って、三週間ほどが過ぎた。階層は一〇層以上、上ることができている。
サイクロプス以降、人型には出会っていない。動物や鳥、虫型などばかりだった。
それぞれ、何度か戦ってみて、勝てるようなら、無理して戦わないようにしていた。
いちいち戦うと、進みが遅くなるし、どうあれあまり殺したくはない。
さくらの想定通り、サイクロプスほどの強さの魔物は出てこなかった。
しかし、素早い蜂や、毒のある蜘蛛など、まだまだ油断できない。狼の魔物は、数で押してきた。
ボスは五層に一度ボス層というのがあるようだ。まだ、エンペラースライムを除いて二回だけだが、通常の階層では出会わないような大型の魔物がいた。
だが、幸いだったのは、ボス部屋は入口も出口も扉がロックされるようなことはなかったため、必ずしも倒さなくても通り抜けられた。
危ないシーンは何度もあった。目で追いきれない敵、毒煙を吐く二つ首の犬、ブレスを吐く蛇など、さまざま生物と戦った。
そして、さくらの《反射結界》はすべての攻撃を防いだ。毒煙を寄せ付けず、ブレスはその勢いを横に流した。攻撃は反射可能な直接攻撃であれば、その衝撃をそのままに跳ね返した。
全力で打ちかかってきた狼型魔物の打撃がそのまま跳ね返ってひっくり返ったときにはびっくりした。トランポリンを殴ったようなものだろうか。
そこで気づいたのだが、さくらのイメージでは、《反射結界》は自分の周りに建つ直方体の箱だった。
しかし、魔物の攻撃を受けて気づいたのだが、自分の周りを囲む魔法の形は、おまんじゅうのような形だった。それは奇しくもエンペラースライムの形だったが、それに気づくものは誰もいない。
さくらは攻撃が通用しなかったり、少しでもダメージを受けると、その都度、いったん階段まで戻り、切り抜けるための方策を考えて、少しずつ 少しずつ攻略を進めていった。
そうして、さくらは一〇層ほど攻略を進めた。
層が上がるほど魔物はさくらにとって問題とならなくなっていったが、どんなに層を上がっていっても問題になることがあった。
それは、ダンジョンが迷宮型であることだ。
迷宮型のダンジョンの特徴はなんだろうか。
それは、ひとつは罠だ。ハンターとして素人のさくらには、罠を見つけることも罠を解除することも至難の業だった。
もっとも、罠の半分以上は実は見つけることができていた。ダンジョン内のマナを感知できるさくらには、罠かどうかはともかく、そこになにかがある、というのはわかった。
そのため、何度か罠にかかってからは、床や壁の奥に、マナの濃いところがあると、そこは用心して進むようになった。
ただし、さくらの《反射結界》は単純な矢などを飛ばすような罠は問題にしない。解除はできないが、《反射結界》が物理的な攻撃は反射してしまうためだ。
そして、落とし穴の罠は幸いなことにとてもわかりやすかった。穴の形にマナが凝り固まっているのだ。
もうひとつの特徴は、名前のとおりだ。迷宮なのだ。
さくらは、地図が苦手だった。いや、地図を覚えるのは得意だ。ここまでの迷宮の各層の地図も頭に入っている。迷宮に落ちて以来、記憶力も妙に増している気もするので、なおさらだ。
しかし、迷宮は殺風景で目印になるようなものがない。それに、頭の中の地図を回転させるのが苦手だった。地図はわかるのだが、右へ曲がるのか左へ曲がるのかは、すこしばかり考える必要があった。
そんなわけで、さくらは次の層への階段を見つけるのに、一日以上はかかっていた。
そして、たどりついたこの層はさくら的には最悪な階層だ。
階段を上ってすぐに鼻をつく、すえた匂いを感じた。薄暗く、ジメジメし、階層の空気は生ぬるい。
これは、どう考えてもあれだ。ダンジョン階層で不人気ダントツトップの、アンデッド層。
「うぇぇぇぇ、ホラー苦手! これやばい! たぶんゾンビとかがいこつとかが出る!」
天敵だ。これはまずい。結婚前、まだつきあっているときに孝利がホラービデオを借りてきたときには、本気で別れるか悩んだくらいだ。
さくらは回想に出ずに、階段で対策を考えた。
ここで魔法の特訓をするしかないという結論に至った。新魔法を作ろう!
作るのは、アンデッド特攻の魔法だ。さくらはあまりゲームをしていないので、そのへんの知識は子どもたちがやっていたゲームを横目に見たり、夫の話からのうろ覚えの知識で、アンデッドに効く魔法があったはず、たしか……そう、《ターンアンデッド》だ。
たしか、光をピカーッっと放ってアンデッドが崩れ去る感じの魔法だったはず。うまくいかなかったら火の魔法で燃やし尽くすしかないが、燃費が悪そうだし、閉所で火を燃やし続けたらどうなるかわからない。まずは光からだ。
さくらはなんとか自分に気合を入れて魔法を作ろうとするが、苦手意識が邪魔をする。
「うぅ、みんなに会うんだ! ここを抜けなきゃ帰れねぇ! やるしか……やるしかない、覚悟を決めろ、あたし!」
そうだ、と思い出したのは、携帯端末だ。家族の写真が入っている。もうだいぶ前に充電は切れていたが、しばらく置いておくとなぜか少しだけ復活することが合ったはずだ。
さくらは端末を取り出し、祈るように電源ボタンを長押しするが、何も反応はない。少し涙ぐんだが、そこではたと閃いた。魔法で充電できるんじゃないか、と。恣意魔法はイメージ次第で万能っぽい。少なくとも雷は作れた。さくらにとっては雷と電気は友達くらいの近さだ。
さくらは目を閉じ、端末を握りしめて真剣にイメージした。今までで一番真剣かもしれない。イメージもそうだが、むしろ、祈りに近いかもしれない。魔力もいつもより多めに使ってみた。三〇本分だ、大盤振る舞いだ。
体内の魔力を循環し、魔力が電気になる。その電気が携帯端末を充電していくさまを想像する。
端末のバッテリーに電力が満ちていく、バッテリー残量のアイコンが増えていく、増えていけ〜。
「やった……やった! できた!」
身体を循環させていた魔力が身体から抜けて魔法陣を生成する。携帯端末に流れ込む。どうやら《充電》魔法を発動したようだ、成功した!
電源ボタンを押すと、端末の画面が明るく光る。さくらは家族の写真を涙ぐみながら眺める。家族のグループチャットに添付された、家族写真だ。悠人の誕生日に、レストランで食事をして、店員に撮ってもらった。
さくらは強く思った、また、家族に会う、絶対だ。こんなダンジョンなんてさっさと脱出するんだ! 勢いで、チャット画面でメッセージを打ち込む。『絶対脱出してまたみんなでご飯食べるんだ! アンデッドなんかに負けねー! がんばるぞ! おー!』。
恣意魔法は強い意志とイメージの通りに発動する。今、ここに奇跡が起きた。
それは、孝利がダンジョンから戻り、家に帰った日のことだった。
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