01-004 2022年 - ダンジョンで魔法を練習する

 自然魔法が使えないということは、恣意魔法を習得するしかない。

 ダンジョンコアが魔法書をくれたということは、魔法を使えなければダンジョンを出られないということだろう、とさくらは考えている。

 だが、恣意魔法は自分の魔力、オドしか使えないし、そんなのを使える人の話も聞いたことがない。まぁ、あまり興味を持っていなかったので、知らないだけかもしれないが。


 さておき、さくらは、書物を読み進める。次は習得方法編のようだ。


『恣意魔法にせよ、自然魔法にせよ、術者はまずオドを操れなければならない。オドはすべての生物が持っている力である。多寡はあれど、オドを持たない生き物はいない。

 自分のオドがわからない者は、まず、目を閉じて心臓に意識を向けるとよい。自分の鼓動を意識し、深く集中していくと、炉のような熱い力の渦を見つけられるはずだ。オドの湧く泉を炉と呼ぶ』


 さくらはわくわくした、これは氣のようなものだろうか。チャクラとかなんとかだろうか。


「とにかくやってみるか、こうか?」


 と言いながら、さくらは目を閉じて瞑想を始める。途端に、あっさりと身体の真ん中にマグマのような熱を感じた。まさに炉だ。

 あまりの熱の強さに危機感を覚え、瞑想をやめて、慌てて目を開くが、特に周囲はなんともなっていない。実際に熱が出ていたわけではないようで、ひんやりとしたダンジョンの空気はそのままだった。

 あくまで自分の身体の中だけの話だったようだ。


「これ、やばい、ええと、やばい、私めっちゃ熱かった! これがオドかぁっ!」


 さくらは、成果がすぐ出たことで少し興奮してきた。

 しかし、思ったよりも魔力というのは厄介なものだ、という印象を覚えた。取り扱い注意だ。

 説明書を読まずにやるとやばいやつだ。とりあえずボタンを押したら温まる電子レンジとは違うのだ。

 なので、いったん、本を最後まで読んでみることにした。


『オドは生命を源とする魔力である。オドの取り扱いは生命の取り扱いに近しく、取り扱いを間違えることは生命を危機に陥れることにほかならない。これを避けるために、まずは魔力制御力を養う必要がある。

 魔力制御は、量の制御と、形質の制御に分けられる。量の制御は生命を魔力に変換する量を制御することであり、形質の制御はオドから望む魔法を発動させるための制御である。


 まずは量の制御について。初めて体内の炉からオドを引き出す者は、まず最小の量を最小の時間引き出すことに注力しなければならない。繰り返し実施し、引き出す量を無意識に制御できるようになるまで、量も時間も増やしてはならない。

 できるようになったら、次の段階として引き出した魔力を体内で循環させる制御を繰り返し実施すべきである、循環とは、引き出した魔力を小さな珠のようにし、これを腕を通し、足を通し、体を通し、頭を通す。通す先はつま先から指先、舌先、頭頂まで身体の全てを通さなければならない。自然魔法を使うものはここで魔力制御の修練を終了し、詠唱の修練に入る。術者の周辺にマナがあり、詠唱が正しく、魔力制御で舌先に魔力を通すことができていれば、自然魔法は発動する。


 恣意魔法を使う場合は、さらに、体内の炉からオドを引き出す時間を増やす。少しずつ増やして、増やした量のオドも間違いなく循環できるようになったら、引き出す時間を最小にし、引き出す量を増やす。

 魔法を使う際には、準備を長くするほうが発動は安定し、結果も安定する。それは結果をイメージする時間が長いほど結果に反映されやすいからだ。しかしながら、結果を早く得たいと望むならば、引き出す時間を減らして引き出す量を増やすことも可能だ』


 なんかこむずかしいことが書いてあった。が、理解できた。

 あぶなかった、息子がやっていたゲームと同じ感覚だと思っていたさくらだったが、そうではないらしい。ゲームで言うところのHPとMPが一緒みたいだ。

 注意を読まずにめいっぱいオドの引き出しを試していたら、死んでいたところだ。


 書物には魔力制御の訓練方法と、いくつかの簡単な恣意魔法の発動イメージについて書かれていた。


 《点火》、《そよ風》、《穴掘り》、《水生成》、《明かり》、《小物入れ》、《手当て》、《清浄》


「やっぱりゲームっぽいな……まぁ、ダンジョンがある時点でそんなもんか……。火と風、土、水、光、、、なんだろ、まぁ、属性魔法ってやつか?」


 どれも日常生活で役に立ちそうな魔法だ。それぞれ、どんな魔法現象が発動して、どんな想像をすれば発動しやすい、といった習得のヒントのようなものが書いてあった。


「いや、つっても火口箱とか、あたしわかんねーし……ライターでいいか、あと、ドライヤーと……うーん……」


 書物に書かれているイメージはいまいちだった。

 どうやらこの本は現代の人が書いたものではないようだが、まぁ、問題はない。

 ともあれ、さくらはダンジョンコアに感謝をした。書物は魔法の基礎を学ぶための本だったようだ。。



 読み終わった本を閉じ、ポーチにしまったさくらは、さて、と腕まくりして、今度こそ本格的に魔法の練習を始める。


 階段を椅子代わりにして座り、目を閉じて瞑想に入る。さくらの炉はマグマのように熱く、力に満ちあふれているように感じられれ、炉から小さな魔力をだすことなどできそうな気がしない。取り出そうとすると一気に吹き出してしまいそうだ。

 

 魔法の練習は失敗すると命に関わるということで、慎重に危険のないように練習をした。

 

 魔力を引き出せるようになるのに、二日かかった。取り出すのも、イメージが大事だった。

 最初は、ただただなにも考えず、取り出すイメージをしようとしたが、そもそもどうやって取り出すのかもわからず、無為に時間を使ってしまった。


 ふと、炉って、水が満ちている壺のようなもんだな、と思ったあたりから、取り出すイメージを柄杓にしたり、スプーンにしたりすることで、取り出せるようになった。

 しかしこれでは、なんというか、雑だ。少量を取り出すイメージではない。

 この状態で取り出した魔力で魔力循環の練習に入ろうとしたが、本能的に、この魔力を身体に流したらまずい気がした。多分、多すぎる。

 さらに何度も試すうちに、道具で汲み取るイメージではなく、糸を引き出すようなイメージをすることで、ごく少量を引き出すことができるようになった。


 糸のイメージを使うと、魔力制御は簡単だった。引き出す時間を延ばすときは、糸を長めに切る。引き出す量を増やすときは糸を太めにする。どんなに太くなっても、イメージはあくまで糸だ。恵方巻なんて思うと、うまく切れなくなる。


 次の魔力循環はできるまでに三日かかった。魔力の糸を血管に流すようなイメージでぐるぐると体の中を循環させるのはあっという間にできたが、太い血管のない足の指や頭の先、目などに循環させるのに時間がかかった。

 結局、身体の中に血管とは別に、魔力の流れる道のようなものをイメージすることにした。


「こうか? いや、ええと、こう? ん〜、いや、こうだ! ……よっしゃっ!」


 指の先に小さな魔法陣が現れ、その上に小さな炎が現れた。炎はほんの一瞬だけで、すぐ消えてしまったが、成功は成功だ。


 魔法の発動は、まず、ライターのイメージで、《点火》を発動させることができた。《そよ風》もドライヤーのイメージでできた。どちらも、出し続けるには魔力を継続的に使い続けなければいけなかった。五分程度発動し続けてみたが、問題なく発動し続けることができた。炉には魔力がまだまだ残っていることを感じる。身体がだるくなったりもしない。

 けっこうおっかなびっくりだったが、結果的には余裕だった。


「ふっふっふ〜、やるじゃん、あたし。待ってろよみんな!」


 最初は魔法を発動させることだけに集中してしまい、それ以外何もできなかった。動かず一〇秒くらいかければ発動できる、というところだ。これでは魔物と戦いながら使うことができない。

 歩きながら、槍を振りながら、など、他のことをしながら魔法を使えるようになるのに、一〇日くらいかかった。朝ごはんを作りながら洗濯機を回し家族と会話をするさくらにとって、そこまで難しいことではなかった。

 

 その一〇日の間に、さくらは本に載っている魔法は全て発動できるようになった。

 

 本に載っていない魔法も試してみた。《火球》や《水球》、《雷撃》などの攻撃魔法も作り出せた。ハンター協会が公開している動画のおかげだ。一時期、息子がテレビにかじりついて見ていた。


 ダンジョンの内で安全に過ごせるように、《反射結界》を作ってみた、シャボン玉のイメージで。結界に当たった衝撃は同じ力で逆方向に反射する。さくら自身に結界は影響を与えず、さくらが結界の外へ攻撃をすることは可能だ。

 ただ、どうもイメージがうまくいっていないようで、空気の流れまで遮断するのは、解消できなかった。結界の中にしばらくいたら息が苦しくなって気が遠くなってきたときにはあせった。

 しょうがないので、結界の一部に小さな穴を開けることにした。

 寝ていても発動し続けるようにするのは、やり方が全く分からなくて苦労したが、結局は力押しで、魔力をたくさん込めたらできた。

 数日は、寝入りばなに、結界の上に載せた本が落ちてきて、痛い思いをしたが、できるようになって安心した。


 必ず生きてダンジョンを脱出する、そのためにできることはなんでもやらなければ。さくらは着々と準備を進めていった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 孝利たち調査パーティは、さくらを見つけることができずにダンジョンから戻ってきた。

 練馬ダンジョンと名付けられたこのダンジョンは、三〇層まで降りても魔物が現れることはなかった。準備した水と食料ではそこまでも降りられるはずではなかったが、魔物が出ないため、驚異的な速度で階層を踏破できていた。しかし、さくらはみつからなかった。

 そのころ、さくらは最下層で訓練をしていた。


 三一層はついに魔物が出た。今まで発見報告のない、大きな赤と白の毒々しいクロウラーだった。一当てしてみたが、銃弾は全く通らない。剣や斧で傷をつけることはできたが、深い傷を与えることはできなかった。動きが鈍いので逃げることはできたが、これ以上先へ進むことはできないという判断となった。

 

 実のところ、練馬ダンジョンは六〇層を最下層とするダンジョンである。ダンジョンコアは、ダンジョンに魔物を半分まで配置したところで迷宮主であるエンペラースライムを討伐され、機能を停止した。その後、さくらにコアを傷つけられ回復モードに入ったため、結局魔物は配置されないままになっている。

 

 さくらを見つけることができず。孝利は打ちひしがれて家に帰った。約一ヶ月ぶりの帰宅だ。

 さくらの救出をあきらめるつもりはないが、どうしたらいいかもわからない。一度落ち着いて考えよう、と、パーティメンバーや協会職員になだめられて、帰ってきたのだ。

 

 杏奈と悠人は、孝利がさくらを助け出して帰ってくることを期待していたが、帰ってきた孝利の表情を見て、悟った。

 杏奈はその場で崩れ落ちて泣き出した。悠人は歯を食いしばってうつむいている。握りしめた拳は血の気がなくなって白くなっている。

 孝利は二人を抱きしめて、すまない、と謝った。

 

 その時、三人の携帯端末のランプが点灯したが、三人は気づいていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る