01-003 2022年 - ダンジョンから脱出する準備をした
さくらは台座の上に現れたウェストポーチを手にとった。
すると台座はゆっくりとした動きでコアルームの床に沈んでいった。そしてその後はなにも起きなかった。部屋の壁も少し暗くなった気がする。
「これあげるから出てけってことか?」
ともあれ、さくらはウェストポーチを確認することにした。ウェストポーチは革でできていて、ボタンで開閉するようになっている。ベルトを腰に巻いてみたが、さくらのウエストではベルトの穴が足りない。仕方がないので肩から斜めがけにしてみると、なんとか身体にフィットするように背負うことができた。
くるりと腹側にまわせばポーチ部分が前に来て、はずさなくても出し入れができる。使い心地はよさそうだ。
次はポーチの中を確認してみた。ボタンを開けて覗き込むとなぜか中が見えなかった。手を入れてみると頭の中になにかが流れ込んできた。
・兵糧丸
・水筒
・槍
・小刀
・短衣
・袴
・靴下
・革靴
・書物
「お、おおお、これは、マジックバッグなのか?」
頭に浮かんだ通りのものが入っているなら、明らかにポーチのサイズがおかしい。
さくらは感動のあまり大きな声で叫んでしまった。ダンジョンで見つかる夢のアイテムの人気上位だ。となりの奥さんも、「マジックバッグがあれば買い物が楽なのに」と言っていた。
さくらは、自分の叫び声にびっくりして、あ、と思い、周りを見回したが、よく考えたらここには自分以外誰もいないことを思い出して、ちょっと寂しくなった。家族に会いたい。
さくらは、中身を出したりしまったり、それぞれ収納されているものを確認した。
中身は一度に一つしか出し入れできない。兵糧丸も、たくさん入っているイメージが頭の中に流れ込んできているが、二つ出すには二回取り出そうとする必要があった。他のものは一つずつだった。
兵糧丸は小さめのおまんじゅうといった感じのものだった。とりあえず空腹感に耐えかねて食べてみたら、見た目の割には意外と味は悪くない、なんとなく甘みもある。一つではさすがに足りなかったが、二つ食べたら空腹感は落ち着いた。
水筒の水はなくなってもしばらくすると水が満ちてくる。水は大事にすべきだと思っていたのだが、兵糧丸を食べると、口の中の水分を一気に持っていかれる。ただでさえ二日間飲まず食わずでいたのだ。気がついたら水筒の水を全て飲んでしまっていた。
まずい、と思ったが、水筒を振ると空になったはずだったが、水がまだ残っている雰囲気だった。あれ、と思い試しに空になるまで飲んでみると、また、ほどなくして水筒の水は戻ってきた。
「すげぇ、でも、これで腹が減って死ぬことはなさそうだな」
最悪、何年かかっても死なずに鍛錬を続ければ、出られないことはないだろう。さくらは期待を高めた。
他のものも確認してみよう。
装備品はさくらにぴったりのサイズだった。取り出したときは明らかに大きすぎると思ったのだが、身につけてみたら、ぴったりになった。その後は脱いでもサイズが戻ることはなかった。着るときに持っている人のサイズに合わせるということだろうか。
ともあれ、さくらはやっとジャージから着替えることができた。脱いだ衣服はポーチにしまうことができた。
ポーチに手を入れた際に気づいたが、ジャージのポケットに入れた携帯端末は一覧には出てこなかった。入れたときにまとめて一つとしたものはそのまま一つとなるのだろう。例えば、お財布をこのポーチに入れたら、お財布としか出てこないで、コインは出てこないだろう。
着替えを済ませ、お腹も落ち着き、最後は書物を確認することにした。
ポーチから書物を取り出してみると、それは革張りの装丁の立派な書物で、表側にはなにも文字らしきものはなかった。本を開くと、書物の文字はパネル同様見たこともないものだったが、さくらにはなぜか読むことができた。
ダンジョンコアの出してきたパネルもそうだったことを思い出し、とりあえずそういうものだと思うことにする。
それよりも早くダンジョンを出て家族に会いたい。家族も心配しているはずだ。
「魔法書?」
書物を開いてみると、書物は、魔法について書かれているようだった。
ハンターの中には、ダンジョン内に限るが魔法を使える者がいる。夫もいくつか使えると言っていた。
魔法は、ダンジョンで行動しているうちに自然と覚えるものだと聞いていた。ある日突然、この魔法が使える、という感覚を覚え、詠唱すべき呪文が頭の中に浮かぶのだそうだ。覚えてすぐは、呪文を唱えても発動することはあまりないそうだが、繰り返し唱えているうちに、いつしか魔法を発動するようになる。練習すればするほど、発動率は上がるそうだ。
詠唱を間違えると魔法は発動しないし、詠唱を間違えていなくとも、発動しないこともあるらしい。そのあたりはハンター協会でもまだ解明できていない。
ともあれ、書物を読み進めてみる。
『魔法とは、魔力が変化して起きる現象のことである。世界は無限の魔力を持っている。また、世界の子たる生き物も魔力を持っている。
世界が持つ魔力をマナ、生き物が持つ魔力をオドという。
魔法の発動方法は複数あり、発動方法によって魔法の呼び方が異なる。
ここでは、恣意魔法と自然魔法について説明する。
恣意魔法は、術者が自身のオドを自身の意思で自身の求める現象を想像し、変化させ、魔法として発動させる。
術者次第でどのような魔法現象をも起こすことができるが、その魔法に足りるだけのオドがなければならない。
自然魔法は、空中に漂うマナを現象に変化させる。マナを魔法に変化させるには、世界の
マナには術者の想像を伝える方法はない。マナは世界の
発動鍵は小さな魔力で作ることができる。術者は詠唱によってオドから発動鍵を作り、マナに渡すことよって発動することができる。
術者は魔法現象を想像する必要がない。知らずともよい。発動鍵を受け取ったマナは、周辺のマナを集め魔法を発動する。
ただし、マナは空中に漂っているが、無限というわけではない。マナは空中を風のように流れ漂っている。空中のマナは薄くなったり濃くなったりする。マナの薄いところでは、魔法は発動しないことがある。また、同じ場所で魔法を使い続けると、マナが枯渇し、魔法は発動しなくなることがある。
水が高いところから低いところへ流れるように、マナも濃いところから薄いところに流れるため、マナが枯渇したままになることはない』
さくらはここまで読んで、どうやら、夫から聞いた魔法は、自然魔法というもののようだとわかった。魔法に種類があるとは知らなかった。
さくらは、自分の中に呪文があるだろうかと自分の心に問いかけるが、なんの呪文も浮かんでこなかった。つまり、さくらは今のところ、自然魔法は使えないということのようだ。
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