6-5
病室の前で息を整え深呼吸する。
跳ねる心臓を落ち着けて、病室のドアをノックした。
中から小さな声が聞こえ、夏生は病室へと入る。
「・・・・・・先輩」
「よ」
緊張を隠すように軽く挨拶をすると、さとりはわかりやすく顔を逸らして言った。
「なにしに来たんですか」
どうやらさとりとしては昨日のアレで事は全て済んだと思っていたのかもしれない。即ちそれは、あの言葉だけで夏生がさとりのことを諦めたと考えたということだ。
でもそんなことはない。
春の、茂の、勇次の、それぞれの言葉を聞いて夏生は自分がやるべきことを見出し、告げるべき言葉を知ったのだ。
いや、それはあくまでも答えを知るためのきっかけに過ぎない。さとりに告白をなかったことにしてくれと言われても、夏生自身の気持ちが変わったことはなかった。
だから、言う。
「告白の返事をしにきた」
真っ直ぐにそう告げるとさとりはそっぽを向いていた顔を戻す。そして睨み付けるように目を細め、
「それは・・・・・・っ。なかったことにしてくださいって、言ったじゃないですか」
さとりがこう返してくるのも想定済だ。
でもなにを言われたところで、夏生の気持ちと決意は変わらない。
「崎森。俺は、お前のことが好きだ」
「――っ」
目を逸らすことなく、揺らぐことなく、自分の気持ちをさとりに告げる。
さとりは驚いたように目を丸くするが直ぐに表情を戻す。その顔から、彼女が次になにを言おうとしているのか考えなくてもわかった。
でもそれは言わせない。これ以上、さとりの口からは言わせない。
「崎森は俺のおかげで真一郎さんと家族になれたって言ったけど、それは俺も同じだ。崎森のおかげで春たちと家族になることができた。崎森のおかげで俺は生きてもいいんだと、新しく家族を作って幸せになってもいいんだと思えた。前に進むことができた」
「それは・・・・・・あくまでも、お礼ですから・・・・・・」
もちろん直ぐにさとりが納得するなんて思ってない。
視線を逸らして言い訳を探すさとりに、夏生は絶えることなく言葉を投げかける。
「俺がそう思うことができたのは、一人でいることの寂しさを思い出したからだ。誰かといることの暖かさと楽しさを思い出したからだ。そしてそれを思い出させてくれたのは崎森で、前に進むための勇気をくれたのも崎森だ」
「だからっ、それは・・・・・・お礼で・・・・・・」
「嘘吐け。お礼ってだけであんなことするかよ」
と、頬をとんとんと叩いてみせると、さとりは顔を赤くして俯いた。
「崎森がいろんなことを思い出させてくれた。でもさ、それは崎森と一緒にいた時間が楽しかったから思い出せたんだ。きっと崎森じゃなきゃダメだったんだ」
「そんなこと、ないですよ。だって先輩には山野辺先輩がいるじゃないですか」
「もちろん春にだって感謝しているさ。でも春と一緒にいることで今と同じ気持ちになるのなら、俺はもっと昔に春の家族になっていたし、春のことを好きになっていたと思う」
でも、そうはならなかった。
「崎森じゃなきゃダメだったんだ。同じような痛みを背負って、同じように絶望していた崎森だったから、想いを共感することができた。互いの深いところまで知り合うことができた」
立派に立ち直って前に進んでいた春ではダメだったのだ。
夏生に必要だったのは、さとりに必要だったのは、似た痛みを抱えて同じように足踏みをして立ち止まっている人間。同じ痛みを抱えていたからこそ、支え合うことができる人間だったのだ。
「だからこそ俺は崎森と一緒にいたいと思った。似たもの同士だから、俺はお前の、お前は俺の弱い部分を知っている。だから支えてやりたいと思った」
夏生もさとりも、きっと周りが思っているほど強くない。そして強くないからこそ、誰かの支えが必要だ。痛みを理解し合える相手が必要だ。
そして、その支えとなるものをなんと呼ぶか、夏生はもう知っている。
「――それが、家族ってもんだろ?」
「・・・・・・っ」
夏生には春と茂がいる。
さとりには真一郎がいる。
でも彼ら彼女らが夏生とさとりの全てを支えられるわけじゃない。必ず手の届かない部分があるはずだ。
じゃあその場所に手を伸ばし、支えてあげるのは誰なのか。
それがきっと、もう一つの家族。
夏生にとってのさとり。さとりにとっての夏生だ。
春と茂がいればそれでいい。真一郎がいればそれでいい。
そうじゃない。支えてくれる人は、家族は、多くたっていいんだ。
「・・・・・・でもあたしは、その家族を増やすことが、もう・・・・・・」
さとりは下腹部の上に置かれている拳を握る。
その様子からも悔しくて悲しくて、今にも泣き出してしまいそうな気持ちが伝わってくる。
だからこそ、言ってやらねばならない。
「そんなことないだろ?」
「え?」
「まだ百%そうと決まったわけじゃない。もし仮に、もう子供ができないとしても、まださとりは家族を増やすことができる」
「・・・・・・なんですか、それ。養子でもとるんですか?」
それも一つの手ではあるだろう。事実、夏生と山野辺家の関係はそれだ。
でもそれはまだまだ先の話。あるかもしれない可能性の話に過ぎない。
夏生はさとりに近づき、壊れてしまいそうなほど強く握る拳に手を置いた。
「俺がいる」
「え?」
「俺と家族になろう、崎森。そうすれば少なくとも家族が一人は増える。・・・・・・ああ、そうなれば春と茂さんも家族だな」
「それは、そうかもしれませんけど。・・・・・・きっと先輩は後悔します」
「しねーよ、後悔なんか。だってさ、二人でゲームしたときは楽しかったし、一緒に寝たときはドキドキしたし、告白してくれたときは嬉しかったんだ。これ以上、家族を増やすことは難しいのかもしれないけど、家族ってものに負けないくらい俺たちなら増やしていけるものがあると思う。・・・・・・いや、作っていけばいいんだよ、二人でさ」
そうだ。夏生にとって、さとりにとって、家族というものは他の誰よりも特別なものだ。
でもそれが全てじゃない。
新しい家族を増やすことができなくても、その分、二人で色々なものを積み重ねていけばいい。
それはきっと、他のどんな家族にも負けないものになる。家族という存在に匹敵するだけのものになる。
だから――。
「崎森。俺はお前が好きだ。俺と、家族になってくれるか?」
改めてもう一度、気持ちを告げた。
乗せた掌の中でさとりの拳から力が抜けていくのを感じる。
そしてゆっくりと顔を上げ、
「・・・・・・後悔、しませんか?」
「しない」
「本当に?」
「本当に」
「絶対に?」
「絶対に」
さとりの手が、指が、乗せていた夏生の手に触れ、絡まる。
少し触れているだけなのに、その手は火傷しそうなほどに熱い。
そして、夏生のことを見つめるさとりの視線にも熱が籠もっている。
「あたしも・・・・・・。あたしも、好きです。・・・・・・夏生先輩」
その言葉を聞いてさとりの手を強く握る。
それはこれから先なにがあっても離さないという夏生の意思の表れ。ずっと一緒にいて支え合うという決意の証。
そしてその手をさとりも同じように握り返した。
きっともう、この手は離れることがない。二人は離れることはない。
それこそ時が二人を別つまで。
そしていつか神の前で誓うだろう。
決して離れることがない、家族としての誓いを――。
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