6-4

 そして、夏生は春に言われた通り考えた。

 夜、部屋に戻ってからも、朝、登校するときも、昼、授業中も、ずっと。他のことなんてそっちのけで、まるで耳に入っていなくて、でもそれくらいさとりのことを想い、考えた。

 言ってやりたいことは、かけてやりたい言葉はたくさんあった。

 でもその中のどれが正解なのだろう。どの言葉をかければ、さとりの心は救われるのだろう。

 どうすれば、夏生はさとりのことを救えるのだろう――。

「――瀧先輩」

 昼休み。一人でゆっくり考えようと思い教室を出ると、階段を降りてきた高木勇次とばったり会った。

 名前を呼ばれ足を止めると、勇次はなにか複雑そうな顔をして口を開く。

「・・・・・・崎森が学校に来ないんです。停学も明けたのに。先生に聞いても理由を教えてくれなくて。・・・・・・瀧先輩は、理由知ってますか?」

「・・・・・・ああ」

 その理由を話すことはできないが、知らないと嘘を吐く理由はない。

 素直に頷くと勇次は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

「そっか。ぼくは知らないのに、先輩は知ってるんですね・・・・・・」

 そんな勇次の呟きは昼休みの喧騒の中に溶けて消える。

 はっきりとその言葉を聞き取ることはできなかったが、それでも勇次の表情からはなにか憑きものが落ちたような感じがした。

 それはまるで、なにかを諦めたかのような表情で――。

「・・・・・・先輩、ぼく、崎森に告白したんです」

「――っ!?」

 予想すらしていなくて、夏生もさすがにその言葉には驚いた。

 しかし想いを告げたという割に勇次は沈んだ顔をしている。

「でもフラれたんですよ。他に好きな人がいるって言われて。それって、きっと先輩のことですよね? 告白も、されたんじゃないんですか?」

 さとりの好きな人。

 それはきっと勇次の言うとおり夏生だろう。でなければあの指導室での一件があった夜、さとりが夏生に対してあんな行動をとるわけがない。

「隠さなくてもいいです、わかってますから」

 隠そうと思っていたわけじゃない。ただなんと返していいのかわからなかった。でもきっと勇次にとってそんなものはどっちでもいいのだろう。どっちにしろ、答えは変わらないのだから。

「先輩は、どう思ってますか、崎森のこと」

「俺は・・・・・・」

「って、訊くまでもないですよね。崎森のこと想ってなければ、あの日、指導室で崎森のお父さんに対してあそこまで怒れませんから」

「聞いてたのかよ」

「聞こえたんですよ。崎森、校内放送で呼び出されてましたからね。気になって指導室の前にいたら先輩の怒鳴り声が」

 確かにあのときは我を忘れて怒鳴り散らしたが、まさか部屋の外にまで聞こえていたとは思わなかった。

 でもよくよく考えれば指導室に防音対策なんてしているわけもなく、声を張り上げれば普通に外に漏れるだろう。今更そんなことに気づいて夏生は少し恥ずかしくなる。

「・・・・・・それで、返事したんですか?」

「いや、それはまだ」

「どうしてですか?」

 返事をする前に無かったことにされているから、とはさすがに言えない。

「・・・・・・」

「・・・・・・先輩がどうして返事をしないのかぼくにはわかりません。でも、本当に先輩が崎森のことを好きなら、返事をしてあげてください。気持ちを伝えてあげてください。きっと崎森は、待ってますから」

「・・・・・・本当に、そう思うか?」

 そう問うと、勇次は溜息を一つ吐く。

 そして。

「当たり前じゃないですか。好きな人が想いを受け入れてくれること以上に、望んでいることなんてあるわけないでしょ」

 さも当然であるように、勇次は言った。

 そしてきっと、勇次の言葉は正しい。

「どうして崎森が休んでいるのかぼくは知りません。先輩のことに関係があるのかもわかりません。でも崎森が先輩に告白をしたのなら、崎森は先輩からの返事を待っているはずです。先輩からの気持ちを、崎森は今一番望んでいるはずです」

「――っ」

「だから、崎森に返事をしてあげてください」

 そう言い残して、勇次は去って行った。

 夏生はその場で立ち尽くす。

(そうだ)

 勇次に言われてようやく気づく。自分はいったいなにを踏みとどまっていたのだろうか。なにを難しく考えていたのだろうか。

 どんな状況であれ、さとりが家族を望まないわけがない。

 そしてさとりの身体のことがあっても、さとりの気持ち自体が消えたわけじゃない。病院でのさとりの言葉は、全て夏生のためを思っての言葉だった。

 なら、さとりが求めている言葉。それはもうわかっている。

 悩む必要なんて最初からなかったんだ。

 だってさとりがなんと言おうと、夏生の気持ちは決まっている。

 そしてさとりだって本当は夏生の言葉を待っている。

 それがわかれば、もうやるべきことは一つしかなかった。

 彼女を救う方法は、きっとこれしかないのだから。

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