6-3
山野辺家の養子とはなったが、マンションの部屋はまだ契約が続いている。
マンションは三人で住むには十分な広さがあるが、茂の強い希望で一軒家を買ってそこに引っ越そうという話が出ていた。それまでは食事は山野辺家で摂り、寝るのは自分の部屋というスタイルで行こうと夏生は思っていた。
そして、その日の夜。山野辺家のテーブルには三人分の夕食が並んでいる。
今までも春の料理を食べることはあったが、こうも毎日食べたことはなかった。一人ではなく、家族で食べる食事は当たり前ではあるがとても懐かしいもので、夏生にとっても嬉しい。
「・・・・・・」
だが今日の夏生はその喜びを素直に噛みしめることができない。
理由は当然、さとりのことだ。
「・・・・・・夏生。どうかした?」
さとりのことを考えていたため、つい箸が止まる場面が何度かあった。そんなことがあれば誰だって夏生の異変に気づく。
「え、いや・・・・・・なんでも」
夏生は慌てて箸を動かすが、今度は春と茂が箸を止める。
「ねぇ、夏生。なにかあるなら言ってほしい」
「いや、別に、なにも・・・・・・」
嘘を吐くのは忍びない。しかしさとりのことはとてもデリケートな問題だ。
真一郎曰く、さとりは夏生の連絡先を真一郎に教えなかったらしい。それはつまり、さとりは夏生にすらこのことを知られたくなかった可能性がある。ならきっと他の誰に対しても知られたくはないんじゃないだろうか。
もしもさとりが誰にもこのことを知られたくないのなら、いくら家族とはいえ夏生が春と茂に彼女に起こったこと、彼女の身体のことを話してしまうわけにはいかないような気がする。
「そんな顔で言われても説得力はないね」
「・・・・・・」
自分はいったいどんな顔をしていたのか。もしかしたらよほど酷い顔をしていたのかもしれない。
どちらにせよ、これじゃあ春と茂が心配するのは当然だった。
「夏生。僕らは家族だ。家族が困っているのなら力になりたい」
「茂さん・・・・・・」
「全て包み隠さずに話せとは言わない。話せる範囲で構わないから話してみないか。それだけでも気持ちはラクになるし、なにかきっかけが見つかるかもしれない」
「その通りだよ、夏生。さ、お姉ちゃんに任せてみなさい」
「春・・・・・・」
確かに、自分だけで考えてもなんら答えは見つからない。
さとりの事情について全ては話せないが、それでもできる範囲で相談してみるのはいいかもしれない。
春も茂も家族だ。とても頼りになる、家族なのだから。
夏生は箸を置いてさとりのことを話した。もちろんさとりの名前も、その身に起こったことも伏せて。ただ友人が怪我をして、酷く落ち込んでいて、元気づけたいが拒絶されてしまって、どうしていいのかわからなくて、と。
「・・・・・・なるほど」
そう言って二人は口を閉ざした。
「俺は、どうしたらいいと思う?」
いくらさとりがあの告白をなかったことにしてくれと言ったとしても、ここでそれを素直に受け入れることはできないし、するつもりもない。
でもさとりのことを思うと、病室での表情を思い出すと、どうしていいのかわからなくなる。もしかしたらさとりの言うとおりにしたほうがいいのではないか。そのほうがさとりは苦しまないんじゃないだろうか。
――きっとそんなはずはない。そんなはずはないだろうが、それでもそう思ってしまうのだ。
「・・・・・・ねぇ、夏生。その子の言葉は、その子の本心なのかな」
「え?」
「夏生は、その子の本当の気持ちを知っているんじゃないかな?」
「本当の、気持ち・・・・・・?」
「その子は辛そうにしていたんだろう? それは怪我をしたことで辛かったのかな。それとも、もっと別の辛さがあったのかな」
「それは・・・・・・」
考えるまでもなかった。
さとりがどういう女の子なのか、夏生は知っている。さとりの家族に対する想いの強さも、願いも、真一郎の言葉を借りれば執着も、知っているつもりだ。
家族を求めて、求めて、求めて、自分が歪んでしまうくらいに求め続けたさとりがこれから先、家族を作ることができなくなってしまったのだ。
もちろん怪我のことも辛いだろう。でも一番はそんなものじゃない。怪我の痛みなんかより、さとりはもっと心を痛めているはずだ。
「その子の願うもの、望むもの、それを夏生は知っているんじゃないかい? もし夏生がそれを知っているのなら、キミがどうするべきかはすぐに答えが出るはずだ」
(崎森の願い、望むもの・・・・・・)
知っている。
他人の中では、きっと夏生が一番よく知っている。
「その子は、本当に夏生のことを拒絶したいのかな?」
「それは・・・・・・っ」
ない、と思う。
確かにさとりの身体は子供を作ることができなくなってしまったかもしれない。でもだからといってさとりの気持ちが、願いや希望がなくなってしまうわけじゃない。自分を歪めてしまうほどの想いが、そう簡単に失われるわけがない。
じゃあ、さとりはなんであんなことを言ったのか。
(・・・・・・決まってるだろ、そんなの)
さとりと同様、夏生も家族を求めていた。そしてさとりもその夏生の気持ちを知っている。だからこそ、家族を増やすことができなくなった自分じゃ、これからの夏生の重荷になると思ったのだろう。
じゃあ果たして、今のさとりは重荷なのだろうか。子供を作れなくなった彼女は夏生にとって邪魔なのか。
(――そんなこと、あるわけないっ)
「・・・・・・夏生。私はその子について詳しく知らない。だからアドバイスはできても正解を導くことはできないんだ。でも夏生は違う。夏生はその子のことをよく知っているんだろう? ならきっと答えは夏生にしか出せないし、夏生はその答えを信じるしかないんだと思う」
「そうだね、春の言うとおりだ。そしてもし、躓いたり間違ったりしたらまた話してほしい。そのときはまた一緒に考えよう。・・・・・・相談に乗ると言っておいてこんなことくらいしか言えないのは情けないけれどね」
「要は夏生。キミがどれだけその子のことを想っているか、ということさ。夏生が真剣にその子のことを想って、考えて、そして出した結論なら、きっとその子のためになるはずだ」
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