4-6

 朝の校舎内は喧騒に包まれている。一年の教室のある廊下、そこを勇次は緊張した面持ちで自分の教室へと向かって歩いていた。

 この時間帯に勇次が登校するのは珍しいことだ。今までは朝早くに登校するさとりに合わせた時間に登校していたのだが、昨晩の告白のことが気恥ずかしくてつい時間をズラして登校してしまったのだ。

 本当なら今日は休もうかとも思った。しかし昨日の告白の直後に続いて今日もヘタれた姿をさとりに見せるわけにはいかない。恥ずかしさに押し潰されそうになりながらもなんとか足を進めて登校した。

 教室にはもうほとんどの生徒が登校していた。教室の入り口から覗き込んでさとりの姿を探すと、彼女は自分の席に座って窓の外へと視線を投げていた。その雰囲気はまるで昨日の告白がなかったかのように見えるが、だからといっていつものように挨拶をすることなんてできない。

「おー、勇次。どうした今日は遅いな」

 教室に入ることを躊躇っていると、勇次の姿を見つけた山岡が声を上げて近寄ってくる。その声に一部のクラスメイトの視線も勇次に集まり、僅かに遅れてさとりの視線も教室の入り口へと動いた。

「なんで今日はこんな時間に――って、うおぅっ!?」

「ちょっと来い!」

 近寄ってきた山岡の腕を掴んで勇次は教室を後にし、そのまま男子トイレへと親友を連れ込んだ。

「なんだよ、いきなり」

「ああ、えっと、ごめん」

 いきなりの勇次の行動に山岡は僅かに責めるように口を尖らせる。

「・・・・・・えっと、実は」

 山岡は勇次のさとりへの気持ちを知っている。背中を押してもくれたし、もしも告白できたら山岡にはちゃんと話そうと決めていた。まあそれがこういう形で、しかもトイレの中だとは考えていなかったが、強引に連れてきてしまった手前、もうここで昨晩のことを話すしかないだろう。

 勇次は一度大きく深呼吸してから、昨日の夜の出来事について山岡に話した。

 最初はなんの話かわかっていなかった山岡だが、話が進むにつれ、そして勇次の態度を見て話の先を予測していた。答えはきっとわかっているだろうが、どこかワクワクとした表情で勇次の話の続きを促している。

「――・・・・・・それで、家の前で、告白した」

「おおっ!」

 恋バナに夢中の女子のような反応を山岡は返す。

 そしてすぐに大げさに目元を拭うアクションをしてから、勇次の肩に手を置いた。

「まさか本当にお前が崎森に告白するなんてな。そんな度胸がお前にあったなんて」

「・・・・・・失礼だな。まあ、ぼくもビックリだけど」

 そう、実は今でも驚いている。

 確かにいずれ、近いうちに気持ちを伝えようとは思っていた。でも昨日のあのときに告白することになるなんて思ってもいなかった。

 偶然、街でさとりを見つけて、その行き先が気になって、相手に不信感を覚えて、気づいたら声をかけていて。相手と場所、そしてさとりの過去の行動から彼女がしようとしていることを察して。

 止めなくちゃと思った。こんなことをさせてはいけないと。だから二人の間に割って入った。家まで送った。

 その道中思ったのだ。このままではいけないと。このままではきっと、さとりは同じ事を延々と繰り返す。どこかで止めなくちゃいけない。でもその方法がわからなくて、さとりのためになにをしてやればいいのかわからなくて。

 家の前についてもなにも思いつかないままだった。家の中に入ろうとするさとりの背中を見て、このまま別れちゃいけない気がして、自分にできることを考えて、そして思い至ったのが告白だった。

 気持ちを告げて、過去のことを謝って、さとりが求めているものを自分が与えるしかないと思って、告白した。

「で、それで?」

「・・・・・・それで?」

「いや、返事は? 告白したんだろ?」

「・・・・・・あー、まあ、一応」

「え、なにその反応。・・・・・・もしかして、フラれた・・・・・・?」

「ふ、フラれてなんてない! ただ、返事を聞く前に・・・・・・その、逃げちゃって」

 あのときがもう限界だった。恥ずかしさに耐えられなくなって思わずさとりの前から逃げ出してしまった。

 要するに、あの大事な場面でビビったのだ。

「・・・・・・ヘタレめ」

 ついさっきまで輝いていた親友の目は、今はもう冷え切っていてむしろ痛い。

 言われなくてもわかっている。ヘタレなことも、情けないことも、ちゃんと。誰よりも自分が。

「じゃあ返事どうすんだ」

「また聞かせてほしいとは言ったけど」

 凄い早口でまくし立ててしまったが、ちゃんと伝わっているだろうか。

「またっていつだよ」

「・・・・・・崎森次第?」

「ヘタレめ」

「う、うるさいなっ。じゃあどうしろと!」

 山岡は盛大にわざとらしく溜息を吐くとしばらく考え込む。そして。

「よし、今日の放課後に返事くれってメールしろ」

「き、今日!?」

「ダラダラ待ってても仕方ないだろ。それに返事がわからないままずっと待つのって辛くね?」

「た、確かに・・・・・・」

 言われてみればそうだ。

 一晩待っただけでもこんななのに、これが何日も続くとか考えただけでも気が変になりそうだ。それに待っている間はどうしても期待してしまう。良いにしろダメにしろ、早く返事を貰うに越したことはない。

「わかった・・・・・・。メッセージ送る」

 決意が鈍らないうちにスマホを取り出し、僅かに震える指でさとりにメッセージを送る。文面は簡素に『昨日の返事、今日の放課後に聞かせてほしい』と一言。それ以上、気の利いた文面なんて今は打てない。

 送信したメッセージを山岡に見せる。すると山岡は偉そうに「よしっ」などと言ってもう一度、勇次の肩を叩いて笑った。

 これでもう逃げられない。あとは放課後まで待つだけ。

「あ、既読ついた」

「――っ!」

 本当にもう、逃げることはできなくなった。

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