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 崎森さとりにとっての家族との思い出は、大抵が苦しいものだった。

 実父は仕事をせず、酒に酔い、自分と母に暴力を振るった。

 少しでも気に入らないことがあれば殴り、酒が手元になければ蹴り飛ばし、酒が入ればまた暴力を振るう。

 昼夜問わず繰り返される暴力にさとりも母も怯え、泣き、そして苦しんだ。

 物心がついてからというもの、実父との生活の中で楽しかった思い出など一つもなかった。ただただ辛く悲しく、そして苦しかった記憶しかない。

 母と実父の離婚が成立したその後、そして母が急逝するまでがさとりの人生の中で一番家族との楽しい思い出ができた日々だ。

 義理の父となる真一郎を本当に父親だと思うこともできたし、これからは新しい家族と新しい生活を送ることができると希望に満ちていた。

 しかしそんな希望はまさに夢のように儚く終わりを告げる。

 母が逝き、真一郎は変わった。同じ家で生活するだけの他人になった。

 これから新しい生活が始まると期待に胸を膨らませていたさとりは、その期待の大きさの分だけ失望し、心への反動も大きく、叶わなかった希望の分だけ苦しみの中に沈んだ。

 さとりにとって家族とは苦しいものだった。

 苦しかったからこそ、その苦しみから抜け出したくて、必死になって、壊れて、歪んで、家族を求め続けた。

 決して苦しまない、幸せな家族が欲しかった。

 でも春の言葉を聞いて、自分がしたことに気づいた。

 幸せな家族を得るために、自分は夏生のことを苦しめていた。

 その苦しみがどれだけの苦痛なのか自分はよく知っているはずなのに、それなのに自分が感じていた苦しみを他人に与えてしまっていた。

 それも他ならぬ、自分から家族になろうと誘った男に。

『――――家族は、お互いを苦しめるために存在しない――――』

 春の言葉が頭から離れない。

 家族はお互いを苦しめない。

 なら、苦しめ合う存在は家族ではない。

 自分と母を苦しめ続けた実父。

 自分と家族になることを拒絶した真一郎。

 どちらもさとりのことを苦しめる。

 そしてその苦しさから逃れるためのさとりの行動は、そんな父親と同じものだ。

 苦しみしか与えてくれない父親たちとは家族になれない。

 それはつまり、夏生に苦しみしか与えられなかった自分は、夏生と家族になることはできないということだ――。

(先輩なら、いいと思った)

 家族を失った悲しみ。夏生はそれを知っていて、さとりと同じような経験していて、同じ気持ちを知っているからこそ夏生と一緒にいられると思った。一緒にいたいと思った。

(でも、あたしは・・・・・・)

 だがさとりの言葉は、行動は、夏生のことを苦しめていた。

 苦しめていたから、家族にはなれない。

(・・・・・・たぶんあたしは、誰かと家族になることができないんだ)

 夏生以上に合う人はいないと思っていた。でもその夏生ですら、さとりが苦しめたせいで家族にはなれない。

 夏生ですらダメなのなら、きっと他の誰とも家族にはなれない。

(ああ、やっぱり)

 さとりはスマホを取り出し操作する。

 もうきっと使うことはないだろうと思っていたサイトへアクセスし、文章を打ち込んでいく。

 誰かと家族になることはきっとできない。

 ならやはり、答えは一つしかない。さとりにできることはこれしかない。さとりが救われる方法は――。

 自分に愛情を向けてくれて、自分のことを必要とし、自分も無限の愛情を向けられる存在。

 そんな存在が必要なのだ。

 かつて望んだ、自分の血肉を分け与えた家族が。

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