3-5

『今日、バイト先に崎森が来たぜ』

「――っ!?」

 そんなメッセージを受信して、高木勇次は目を見開く。

 風呂上がり、特にすることもなく部屋のベッドの上で横になっていると、クラスメイトで中学時代からの友人の山岡から連絡があった。

 受信したメッセージの内容に慌てて返事をする。すると即座に山岡からも返事があった。

『バイト先にうちの学校の瀧先輩って人がいるんだけど、なんかその人に会いに来たみたいだったな』

「――っ。瀧・・・・・・夏生――っ!」

 その名前に二年のクラスで盗み見た夏生の顔が浮かぶ。

 さとりが気にしていた先輩。そのことが気になって顔の確認をしに二年のクラスまで行ってしまった。帰り道に仲良さそうに並んで歩く二人の姿を見て胸がモヤモヤした。

 本当なら二人の関係を突き止めるまで尾行するつもりだったのだが、夏生は思いの外勘が鋭く、すぐに気づかれてしまったのでやむを得ず尾行を中止したのだが、休日にバイト先にまで足を運ぶとなると、もしかしてこれは――。

(いや、いやいや!)

 頭に浮かんだ考えを振り払う。

 そんなわけないと自分に強く言い聞かせていると、山岡からメッセージが送られてきた。

『なんか弁当とか届けに来てたけど』

「ま、マジでっ!?」

 知りたくなかった事実につい声を荒げ、発した言葉と同じ文面を友人に送りつける。

 休みの日に、わざわざバイト先へ弁当を届けに来る。

 普通に考えれば、二人はそういう関係だということになる。きっと二人のことを知らない誰かが見ても、「ああ、あの二人は付き合っているんだな」と思うだろう。

 そしてそれは山岡も同じで、

『付き合ってんの、あの二人?』

「ぼくのほうが知りたいよ・・・・・・っ」

 スマホを投げ捨てベッドの上に倒れ込んだ。

 おかしいとは思っていた。突然さとりが夏生のことを気にしだしたときから、頭の隅では『もしかして』とは思っていた。

 でもそれはあくまでもさとりが夏生を、という考えだった。一方的な片思い。もしくは、中学時代のときの凶行の続き。そういうものだと思っていた。だからとにかくまずは相手のことを調べるつもりだった。

 でも山岡の話を聞いて、そのもしかしたらが最悪の結果に繋がっている可能性がでてきてしまった。

 放り投げたスマホを再び手にすると山岡から続きのメッセージが送られてきている。

『どうすんの?』

「・・・・・・どうしたらいい?」

 文面を声に出しながら送信する。

 すると直ぐに返事がくる。

『実際はどうかわからんけど、付き合ってるのならどうしようもないだろ』

(・・・・・・だよね)

 なんの権利があって勇次に付き合っている二人を引き裂くことができるのか。

 勇次とさとりはただのクラスメイトに過ぎない。

 確かに中学時代はとても仲が良かった。異性の中で一番仲が良かったのは間違いなくさとりだった。その仲の良さ故に、付き合っているんじゃないかとからかわれたことも一度や二度じゃない。

(でもぼくは、崎森のことを拒絶してしまったから・・・・・・)

 中学三年の、あの日。

 崎森さとりが明らかにおかしくなった日。

 あのときのことは今でもはっきり覚えている。

 光を失った虚ろな瞳で見つめられ、女子のものとは思えない力で組み伏せられ、服を脱ぎ、性行為を強要されかけた。

 クラスや周りの協力もあってなんとかそれ以上の大事にはならなかったものの、あのとき勇次は確かにさとりに恐怖を抱いていた。だからこそ拒絶してしまった。

 そしてそれから二人の関係は変わったのだ。仲の良いクラスメイトから、ただのクラスメイトへと関係は変化した。

 手の中のスマホが次のメッセージを知らせる。

『そんなに悩むなら、あのとき受け入れれば良かったんじゃねぇの?』

 山岡の言う『あのとき』とは、まさに今考えていたことだ。

 確かにあのときさとりのことを受け入れていれば、今の関係は違うものになっていたはずだ。でも。

「あのときは、崎森のことそんな目で見てなかったんだよ」

 仲が良かったことは間違いない。

 でも、恋愛対象として見てはいなかった。

 なんでも話せる異性の友人。そのポジションの居心地が良かったのだ。

 しかし例えあのとき、さとりに友達以上の感情を抱いていたとしても、あんな状況で素直に受け入れることなんてできないだろう。

『でも今は好きなんだろ?』

「・・・・・・」

 口にしたことはないが山岡にはバレているらしい。

 あのときから一年も経っていない。

 でも中学時代の自分と高校生の自分。主観でしかないが、明らかに変わった。考え方も、気持ちも。

 要は子供だったのだ、中学時代の勇次は。

 恋愛なんて二の次。友達とバカやって楽しく遊べていればそれでいい。それが中学時代の勇次だった。

 だがあの件を経験し、きっかけとなり、さとりのことを見る目が変わり、さとりとの関係性が変わったことで、気持ちの変化に気づいてしまった。いや、変化ではない。きっとその気持ちはずっと心の底にあったのだ。

(ただぼくが、気づいてなかっただけだ・・・・・・)

 ずっと抱えていた気持ちを、恋心を、恋だと気づいていなかった。

 それを友情だと勘違いしていた。

 だが遅かった。

 その気持ちに気づき、心が一歩成長したときにはもう、遅かった。

 なぜならそのとき、勇次はさとりのことを拒絶してしまった後なのだから。

『告っちまえば?』

 友人からのメッセージに息を呑む。

『崎森に確かめて、それで告っちまえよ』

「簡単に言ってくれるよ・・・・・・」

 そう簡単にそんなことを確認することはできない。

 ただでさえ今は関係性が変わってしまったのだ。話しかけてもさとりは以前のように接してはくれない。原因は勇次にも多少はあるのだが、今は仲の良かったクラスメイトではなく、ただのクラスメイトだ。さとりがそんな踏み込んだ質問に答えてくれる気がしない。

(でも・・・・・・)

 中学時代のさとりの凶行を思い出す。

 なにがあってあんな風に変わってしまったのか、想像することしかできないし、真相は知らない。

 でもさとりは子供に、家族に異常に執着しているように見えた。そのために勇次を押し倒して事に当たろうとした。

 きっと相手は誰でも良かった。勇次が一番さとりと仲の良い異性だったから。当時は一番近くにいた男子だったから。だから勇次が選ばれた。

 ということはつまり、さとりの気持ちや考えが今も変化ないのなら、さとりが次に求めるのは誰か。考えるまでもない。休日に弁当を作って届けに行くような仲なのだ。

「瀧、夏生・・・・・・っ」

 押し倒されときのイメージに夏生が重なる。さとりのことを受け入れた夏生のイメージが浮かぶ。

 好意を持つ相手が、自分以外の男と事に及ぶ。関係を持つ。

 考えただけでも胸くそ悪い。胸のモヤモヤはすでに苛立ちへとすら変わっている。

「告白・・・・・・」

 本当にさとりと夏生が付き合っているのなら、今更告白することに意味はない。でもまだそれは確定した事実ではない。

(ちゃんと確かめてみよう)

 事実を、さとりの気持ちを。

 想いを告げるのは、それからでも遅くはないはずだ――。

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