3-4

 部屋に戻ると、出て行くときとなんら変わらない姿勢で春が座っていた。

 視線で対面に座るように促され素直に従う。

 沈黙が重い。

 春にも事情は伝わったはずだし、なんらやましいことがないことは説明した通りだ。だがそれでも居心地はとても悪い。

「夏生。本当に、付き合ったりしているわけじゃないのかい?」

 やっと喋った春の言葉にはやはり圧がある。だがその圧に負けてしまっては、まるで自分が嘘をついているのを肯定しているかのようだ。だから夏生は真っ直ぐに春を見つめて頷き返した。

「夏生、私はね、別に恋人を作るなって言っているわけではないんだ。でもね、学生の身で、しかも一人暮らしの自分の部屋に異性を泊めるのはやはりマズいと思う。問題が起こってからでは遅いんだ」

「・・・・・・ああ。わかってる。すまん」

 春の言うことはもっともで正しい。そして春が嫌みでこんなことを言っているわけじゃないことも理解している。

「崎森さんのことは夏生の優しさなんだろう。でもね、夏生。そのとき私に相談してくれていたら、もう少し良い方法があったかもしれない」

 夏生が面倒ごとを持ち込んだとして、春はそれを疎ましく思ったり邪険にしたりはしない。

 春の言うとおりだ。

 さとりのことは、少なくとも一泊させることについては、春に頼るべきだった。異性の自分よりも同性の春のほうが問題は少なかったのは間違いない。

 相談するべきだったのだ、山野辺家に。それがきっと夏生のできる最善手だった。

 でも夏生は相談しなかった。

 なぜなら、夏生が拒絶してしまっているからだ。春と茂のことを、家族として見ることができていないから。だから自分が首を突っ込んだ問題に巻き込むことに強い抵抗を感じていたのだ。

「・・・・・・夏生。何度も言うけれど、私たちはキミのことを家族だと思っている。弟だと思っているんだ。夏生の気持ちは理解しているつもりだが、それでもなにかあったら頼って欲しい。変な遠慮はしないでほしい」

「――っ。・・・・・・ああ、そうだな。わかった。・・・・・・ごめん」

「・・・・・・いや、私も言い過ぎたよ。こちらこそすまない」

 そう言うと春は立ち上がり、「それじゃあ」と言って部屋を出て行った。

 春とさとりのいなくなった部屋は途端に静まりかえった。

 まるで世界から全ての人がいなくなってしまったかのような、大げさではなく本当にそんなことを思う。

 部屋の中を見渡す。

 テーブルに向かい合って座り夕食を食べた。

 テレビの前で夜通しゲームをした。

 眠ってしまった彼女をベッドまで運んだ。

 たった一日、言ってしまえば一晩だ。それだけの時間を一緒に過ごしただけなのに、この狭い部屋を見渡せばその短い時間での出来事が思い返される。

(いったい、いつぶりだろう)

 それは賑やかな夜だった。

 家族が死んでから、あんな風に過ごした夜はない。

 夏生はその夜のことを思い出し、今、寂しいと確かに感じていた。そして寂しいと感じるのは、そのことを自覚があるにしろないにしろ、楽しいと思っているからだ。

 そう、なんだかんだで楽しかったのだ。さとりと過ごした一晩は。

 だから改めて一人になって寂しく思う。

 さとりを帰したことを、後悔する。

(・・・・・・いやいや、二日も続けて泊めるわけにはさすがにいかない)

 わかっている。わかっているのだ。

 でも同時に後悔の念も確かに感じている。

 たった一晩。しかしその一晩は、夏生にとってなくしがたいものになっていた。

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