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 昼休みは一人になることが多い。

 購買でいくつかのパンと飲み物を買い、それを持って夏生は屋上へと上がる。

 通う学校の屋上は、夏は暑く冬は寒くあまり人気がないが、こんな春先は穏やかな風が頬を撫でるからとても居心地が良い。だがその屋上には生徒の姿はない。中庭と前庭に咲く桜の木の下でランチするのが、どうやらここの生徒のお決まりらしかった。

 今日も屋上には誰もいないだろう。そんな風に思いつつ屋上へ来ると、この時期、丁度良く日が当たって心地良い夏生の指摘席へと腰を下ろす。

 穏やかな春の日差しを受けると寝不足のせいもあって睡魔が襲ってくる。まどろみを感じつつ時間をかけて買ってきたパンを食べた。

 そのパンを食べ終わる頃、見計らったようにスマホが振動した。画面を見てみると春から『また屋上かい? 今度はお弁当も作ろうか?』とメッセージが届いている。それに夏生は、

『お断りします』

 ――と、返した。すぐさま『遠慮しなくてもいいのに』と返事が来る。

「・・・・・・ちげーよ。だってさ、春。夕食に続いて弁当までなんて言ったら、本当にもう家族みたいだろ?」

 その呟きはメッセージにして送らなかった。変わりに四月の風がどこへともなく言葉を連れて行く。

 夕食を作ってもらうのも、弁当を作ってもらうのも、迷惑がかかるとか悪いとか、そういう気持ちから遠慮している面も確かにある。しかし夏生が春の誘いを基本的には断る一番の理由は、そこじゃない。

 春のことが苦手なわけではない。春の父親である茂のことが嫌いなわけじゃない。本当に感謝しているし、有り難いと思っているし、とても助かっている。

 でも、山野辺家は家族じゃない。

 夏生の家族は、みんな死んだのだ。

 夏生を一人だけ残して、死んだのだ。

 夏生だけが、一人生き残ってしまったのだ。

「――どうして――」

「――――っ」

 声が聞こえる。

(幻聴だ。わかってる・・・・・・)

 頭では理解しているが、それでもその頭の中では声がするのだ。

 父の声が。母の声が。姉の声が。

 死んでしまった家族の声が。

「・・・・・・どうして、俺だけ生きてんだろうな」

 その声に答えるように呟く。だが変わらず声は頭の中に響いている。そしていくら問いかけても返事はない。ずっとずっと、声がする。


「――どうして、夏生だけが生きてるの?」


 夏生の生を、疑問に思う声が。

「ほんと、どうしてだろうな・・・・・・」

 何度も問いかけ、何度も考え、でも答えはでない。こうして頭の中に聞こえる声に問い返すのも、もはや何度目かわからない。答えの出ない問題を延々と考え続ける。

 と、そんな思考のループを遮るように屋上の錆び付いたドアが開く音がした。

 夏生のいる場所はドアからは死角になっていて、そこから夏生の姿を見つけることはできないだろう。夏生は覗き込むようにして視線を向ける。すると一人の少女がフェンスの前まで歩き立ち止まった。

 シュシュで毛先を一つに縛った髪を左肩から前に垂らした少女だ。その横顔は生気に乏しく、目はどこか虚ろに見えた。その少女の顔に見覚えがないことから、きっと彼女は今年入ってきた新入生だろうと予想する。

 フェンスの前で立ち止まった少女はスマホを取り出し操作する。なにをしているのかはさすがにわからないが、アプリゲームをしているような雰囲気ではない。

 それからしばらくの間、少女はスマホを操作し続け、用が済んだのかスマホをしまうとフェンスに手を掛け空を見つめ始めた。無心で空を見続けるその姿は、まるでいつもの自分と重なるようで妙な親近感すら覚える。

 けっきょく少女は昼休みが終わるまでその場から動くことなく空を見つめ続け、予鈴と共に屋上を去って行った。

「俺も戻るか・・・・・・」

 少女の姿を追うように立ち上がり、夏生も屋上を出る。

 屋上に人が来るなんて珍しいからだろうか。それともあの雰囲気が気になったのか。夏生の目には名前も知らない一年生の横顔が焼き付くように残っていた。

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