第62話 文化祭準備3、麗華邸で特訓1


 放課後、麗華以外のクラスメイト達の手で文化祭準備が進められて行く中、日曜日となった。


 麗子のクラスメイト達が指定の時間前に麗華の屋敷の門から玄関前まで進んだところで、屋敷の使用人にそれぞれ案内されて、大広間に招き入れられた。


 大広間には長テーブルが壁に沿って並べられ、折りたたみの椅子も部屋の隅にかなりの数置いてあった。壁には、風景画や、静物画などが飾られている。ひときわ目立っているのは部屋の奥にある巨大な信楽焼のタヌキだ。琴音の父、夢想権兵衛から贈られたものである。


 9時前にはメイド係と調理係、合わせて25人ほどの麗華のクラスメイトたちが集合していた。


 生徒たちは案内された大広間の中をキョロキョロと見回したりして落ち着かなかったが、9時ちょうどに麗華が後ろに4名の女性を引き連れて大広間に現れた。信楽焼に魅入られて、真正面にしゃがんでタヌキをまじまじと観察していた女生徒数人も慌ててみんなのところに戻った。


 麗華が引き連れてきた4人女性のうち後ろの二人は食器類の乗ったワゴンを押している。


「みなさんおはよう。

 メイド係の人は、今日はこの4人に講師になってもらいますから、よく指示を聞いてメイドとして動けるようになってください。午前中は基礎練習。午後からは応用編で、メイド喫茶ならではの練習になります。

 それじゃあ4人ともお願いね」


「はい、お嬢さま」


「料理係は厨房でお菓子作りをしますから、わたしのあとについてきて下さい」


 麗華が10人ほどの生徒を連れて厨房に向かっていった。10人のうち2人が女子で残りが男子だった。



 大広間では女子生徒15名ほどに対して、麗華の使用人のうちの一人が講師として説明を始めた。残りの3人は主にメイドとしての立ち居振る舞いを生徒の前で実演することになる。


「それではまず、歩き方から練習します。背筋を伸ばして前方をちゃんと見て真っすぐ歩きます」


 実演係の3人が生徒たちの前で、背筋を伸ばしてキリッと歩いてみせた。


「こんな感じです。

 それではみなさん、歩いてみてください」


 ……。


「はい、もう一度」


 ……。



 こちらは料理係の生徒たちを厨房に案内する麗華。生徒たちは麗華邸の廊下を歩きながらキョロキョロしている。


 その生徒たちに向かって、麗華が説明している。


「わたしたちのメイド喫茶はもちろん教室なので、調理と言っても、ポットでお湯を沸かししてお茶やコーヒーを淹れるくらいで後はお皿に準備したお菓子を乗せるのと、電子レンジで用意した料理を解凍したり温めるくらいです。ですが、なにせ水道がありませんから使用した食器などは水道のある場所までいって洗う必要があります。

 そういう意味では、文化祭当日は料理というよりも皿洗いのほうが比重が高いのは確かです。

 ですので、今日お菓子と簡単な料理を全員で作って、それを本番で出せば、みんな料理係として立派に仕事をこなしたことになりますから、頑張ってください」


 10名の調理係全員が入ってもかなり余裕のある厨房にみんな驚いている。厨房内ではかすかにカレーの匂いがしたので、昨日の夕食で麗華はカレーだったのかもしれないと生徒たちは思った。


「午前中皆さんに作ってもらおうと思っているお菓子は、月のAMRで定番のお土産、梅干しクッキーです。市販の大きさですとさすがに食べきれないし、枚数をたくさん作れませんから、クッキーの上に梅干しを1つだけ乗せた小型の梅干しクッキーに挑戦します。でき上ったクッキーは来週末の文化祭当日にうちから学校に届けます。

 それではみなさん調理台の周りに集まってください」


 そこから、生徒たちは麗華の指導の元、クッキー作りに取り掛かった。


 準備されていた高級食材を惜しみなく使い、20分ほどで生地ができ上った。


 その生地を交代で平たく伸ばして型で抜いていき、それをクッキングシートを敷いたオーブン皿の上に並べていく。


 クッキングシートを使う技は先日麗華が料理長の宮本に教わったばかりの技である。『聞くは一生の恥、聞かぬはそのときの我慢がまん』と思っている麗華でも、勝手に向こうから教えてくれることを吸収することはやぶさかではない。


 型抜きした残りの生地はもう一度まとめられて、梅干しを一つ入れたびっくりクッキーとして丸められていき、これもクッキングシートを敷いたオーブン皿の上に並べられていった


 ちなみに梅干し一つの値段は1000円を超えている。材料費から喫茶店での価格を決めてしまうと誰も買えない商品となるのは間違いない。


 利益の追求ならコスト管理を徹底するが、今回は学校行事である。従って麗華は費用に対して一切気に留めていない。ちなみに麗華自身の価格設定案ではどちらも100円である。


「温度は200度、予熱なしで20分よ」


 ……。


 オーブンからいい匂いが漂い始めた。調理係の生徒たちは頭を寄せ集めてオーブンの中を覗いている。


 20分後。


 チーン!


「焼き上がったので。火傷しないようミトンを着けてオーブン皿を取り出して、いったん調理台の上に置いてください。

 梅干しクッキーは一段50個で2段なので100個、びっくりクッキーが一段45個。これだけだと売り切れてしまいそうですから、もう一回分クッキーを作りましょう」


 ここまでの時間は50分程かかっているが、もう一度繰り返しても昼前には焼き上がりそうだ。




 一方大広間での訓練がある程度進んだあたりで、宣伝係の生徒たちが10人ほど大広間に通されてきた。


「それでは、皆さん。長テーブルを広間の中央へ2列になるよう運んでください。椅子もお願いします」


 生徒たちが手分けしてテーブルと椅子を大広間の真ん中に置いたところで、


「宣伝係の皆さんはお客さまですので、メイド係の指示に従ってください。

 それでは、お客さまがお見えになりましたので、接客訓練を始めます」


「まず、お客さまを席に案内します」


 麗華の使用人の一人が最初の客に対して、


「こちらにどうぞ」と、言って席に案内した。


「注文票の準備はしていませんので、注文票を持ったつもりでお客さまの注文を聞いてください」


「ご注文をうけたまわります」


「今回メニューもありませんので、お客さまはクッキーと紅茶を注文してください」


「クッキーと紅茶を」


「かしこまりました」そう言って一礼して元の位置に戻った。


「それでは、始めましょう」



 麗華の使用人の手で皿類の乗ったワゴンがテーブルの脇に運ばれ、


「このようにお皿の上にケーキ用のフォークを乗せてお客様の前に置きます」


 ……。


「そろそろお昼ですので、午前中はここまでにしましょう」


 これまでテーブルの上にはクロスが広げられていなかったが、すぐに麗華の使用人たちの手で真っ白いビニールクロスが広げられていった。本来木綿のクロスを麗華邸では使用しているが今回はあえてビニールクロスを使用している。


「皆さん、お席にお着きください」


 全員が席についたころ、麗華に連れられて厨房でクッキーを焼いていた生徒たちも戻ってきた。


「調理班の皆さんも席に着いてください」


「みんな席についたようですから、これから昼食です。

 今日はカレーを用意しています。少々辛いかも知れませんがおかわり自由ですのでたくさん食べてください」と、麗華。




 5分ほどして、大型の保温ジャーが数個ワゴンに乗せられて運ばれてきた。そのあと、野菜サラダが盛られた小皿が乗ったワゴンも運び入れられ、カレーの入った小型の深皿とライスの盛られた皿、野菜サラダにはドレッシングをかけられ、冷たい水の入ったグラスと一緒に順にテーブルの上に並べられていった。カレーは前日、ご飯は今日の朝用意されたもので、野菜サラダは、用意されていた野菜を料理長の宮本と見習いの佐々木の手によって先程盛り付けたものだ。



 それらと一緒に一つのテーブルに各1個謎の粉末の入ったガラス瓶が置かれていた。瓶の見た目は胡椒瓶だが中に入っている粉末はこげ茶っぽい何かだった。


 スプーンとフォークが行き渡ったところで、麗華と麗華の使用人たちも席に着き、


「「いただきます」」


 昼食が始まった。



[あとがき]

2023年1月1日。

みなさま、旧年中は誠にありがとうございました。

皆さまのご多幸をお祈りするとともに、本年もよろしくお願いいたします。

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