第57話 麗華の屋敷にて


 琴音が通路奥のトイレに入った時には、空港内にはまだテロリストたちが潜んで人質を取っていたのだが、琴音がすっきりしたころにはアギラカナ大使館から到着した球型空中機動陸戦兵器がステルスモードでテロリストの後方から追突してテロリストたちを全員無力化している。



 空港ターミナルに近づいてきたパトカー、救急車などのサイレンの音も止まった。


「警察が到着したようだから、これで安心ね。

 花太郎くんはどうする? うちの車が迎えに来るはずだから、家まで送るわよ」


「僕は店のこともあるし、ここに残って他の人たちと一緒にロビーの方にいって警察の事情聴取に応じようと思います。

 それじゃあ」


「花太郎くん、ちょっと待って」


 呼び止めた花太郎に麗華は手提げ袋から小箱に入った月の石の置物を手渡した。実は麗華は花太郎にお土産を買うのをすっかり忘れていたので、手渡したの月の石の置物は、自分用に買った物だった。


「月旅行から帰ってきたところだったの。これ、お土産」


 花太郎は小箱を受け取り、麗華に一礼してロビーに向かって歩いていった。


「まじめなのね。

 警察が中に入ってきたら面倒だから私たちは早めに退散しましょう」


 琴音が押してきたカートを代田が代わって押してエスカレーター前まで運び、そこから各自がスーツケースなどの荷物を持ってエスカレーターを歩いて下りて行った。


 1階の玄関を出たところには、麗華のリムジンカーがちゃんと待っていた。代田と運転手が荷物をトランクに積むあいだ、麗華と琴音がリムジンに乗り込み遅れて代田と運転手が乗り込んだところで、リムジンが出発した。



「さっきの騒ぎで空港までの道路が封鎖されているかもしれないと思ったのだけれど、大丈夫だったようね」と、麗華が代田に言うと、


「道路は警察によって閉鎖されていたようですが、このリムジンには各種のパスを用意しておりますので無事通過できたようです」


「そう言えばそうだったわね」


 二人の話を聞いていた琴音が、


「麗華ちゃんのおうちってやっぱりすごいのね」と、感心した。


「琴音さんのところでも同じと思いますよ?」


「そうなのかなー? やっぱり違うんじゃないかなー。うちにはこんなに大きな車はなかったはずだし」と、琴音。


「この車は、借り物なの」


「借り物?」


「とある国に法蔵院うちのグループで融資している関係で、その国の大使館の車を使わせてもらっているのよ。運転手付きでね」


「なにそれ、いいなー」


「世の中ってそんなものだから、琴音さんも実家の力を利用できるときは遠慮なく使えばいいのよ」


 そう言って麗華は、リムジン内に備え付けられた冷蔵庫から炭酸水を2つ取り出し、一つを琴音に渡した。


「麗華ちゃんありがとう。

 うちのお兄さまはその辺しっかりしてるみたいだけど、私は無理かな」


 麗華は炭酸水を飲みながら『琴音は実家の力を借りる前に方向感覚を何とかした方がよほど琴音自身と麗華を含めた世の中のためになる』と、思ったが何も言わないでおいた。


「そう言えば麗華ちゃん、さっき空港で若い男の人と親しそうに話してたでしょう。あれって、麗華ちゃんの彼氏なの?」


「いちおうそのつもり」


「いいなー、麗華ちゃんはなんでも持ってて。麗華ちゃんのお父さまは麗華ちゃんが男の人と付き合っていること知ってるの?」


「何も言ってないけど、知ってると思う。

 知っているうえで、何も言わないってことは認めてるって証拠だし、そもそも、うちの父は私のすることで何か言う人じゃないから」


「そうだったわね。羨ましい」


 そういった会話をしているうちに、リムジンは麗華の屋敷に到着した。


 荷物などは屋敷の者が車から運び入れ、麗華は琴音を屋敷の応接に案内した。


「琴音さん、ご実家から迎えが来るまでここで寛いでいてね」


「ありがとう。ここって麗華ちゃんのお屋敷なのよね」


「そう」


「凄いなー。自分のお屋敷まで持ってるなんて。

 わたし、再来年大学を卒業したら東京に出ようと思っているんだけど、ここに住んじゃダメかな?」


 麗華からするとヒジョーにダメなのだが、さすがにそうは言えないので、


「琴音さんのお父さまがお許しなら、わたしは構いませんよ」と、言っておいた。


 再来春までにはまだ1年半年以上あるし、麗華にとって運が良ければ琴音の上京は彼女の父親に反対されるかもしれない。いまのところ、それに賭けるしかない。分の悪い賭けかもしれないが何とかなるだろうと麗華は思った。もし賭けに負けた場合、琴音のことは代田に次ぐ次席の田宮に任せてしまおうと麗華は思った。


 麗華と琴音が応接室で話をしているあいだに、お茶が用意されて、イチゴのショートケーキと共に供された。


「うちの料理長が作ったケーキなんです」と麗華が琴音に言い、ケーキを一口食べた琴音が「このケーキおいしい。やっぱり東京に来なくっちゃ」と、小声でつぶやいた。


 琴音のそのつぶやきを聞いた麗華は、顔には出さなかったが、しまったー。と思った。


 そろそろ、無想家から琴音を迎えに人が来る頃だと思い壁に掛けられた時計を見たところ、到着まで、まだ1時間はかかりそうだ。間が持ちそうにない。


 ケーキをおいしそうに食べている琴音を横目で見ながら、どうしようかと麗華が考えていたら、応接室のドアがノックされ、部屋の外から、代田が、


「お嬢さま。

 お嬢さまに、夢想権兵衛さまからお電話が入っております」


 夢想権兵衛は、琴音の父親で、無想グループ総帥である。


「どうぞ」


 代田は、トレイに乗せた電話の子機を持って部屋の中に入り、子機を麗華に渡した。


「はい。法蔵院麗華です」


『夢想権兵衛です。麗華どの、お久しぶりです。琴音がご迷惑をかけて申し訳ない。じきにうちの者が琴音を迎えに参りますのでそれまでよろしく頼みます』


「お気になさらず」


『いずれまた、この御礼はさせていただきます。

 麗華どの、そこに琴音がいるようなら、申し訳ないが、この電話を琴音に代わっていただけるかな』


「はい。お待ち下さい。

 琴音さん、お父さまから」


「はい、琴音です。お父さま、どうしたの?」


『どうしたの、じゃないだろう。琴音、これ以上麗華さんに迷惑かけないようにな』


「迷惑なんかかけていませんから、安心しててください。

 それじゃあ」


 そう言って琴音は電話を切ってしまった。


「うちのお父さまって、麗華ちゃんに迷惑かけないようにってわたしに言うのよ。わたしが麗華ちゃんに迷惑かけることなんかあるはずないのに、嫌になっちゃう」


「そ、そうですね」


 麗華は苦笑いするしかなかった。



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