第58話 お嬢さまと執事のたわいもない会話
テロ騒ぎの当日、夢想家から迎えにきた執事に琴音を引き渡して数日後、琴音の父親の夢想権兵衛より改めてお礼の書状が巨大な信楽焼のタヌキと一緒に送られてきた。
妙な物を送りつけられた麗華はどこに飾ろうかと悩んだ結果、玄関の前にじゃまにならないようしばらく置いておいたのだが、普段麗華のすることに口出しすることのない麗華の父親、法蔵院
爺咲花太郎だが、テロリストに銃床で殴りつけられたこともあり、警察による簡単な事情聴取を受けた後、検査入院している。
後日麗華がそれを知り、お見舞いにいこうとしたのだが、代田が入院先の病院に確認した所、すでに花太郎は異常なしということで退院していた。
月旅行のお土産は、麗華の屋敷の者や父親に配り終えている。麗華自身へのお土産は花太郎にあげた関係で何もなくなったが、太陽系観光クルーズも11月開始の予定であるため、運航がある程度落ち着いく年初辺りにでも視察にいこうと思っているので、まったく気にしていない。
そして今は8月の下旬。麗華の高校2年の夏休みも終わろうとしていた。
「代田、今年の夏休みももう終わりね」
「さようでございますな」
「なにか、こう派手なことがしたくない? 思い出に残るような」
「この夏は月にもいきましたし、テロ騒ぎにも巻き込まれましたので、これ以上派手なこととおっしゃられましても」
「みんなを集めてうちで夏休みの宿題をするってどうかな?」
「みんなと申しますと?」
「わたしのクラスメートの山田くん、田中さん、鈴木くんに、山本さんよ」
「はて? お嬢さまのクラスにそのような名まえの方がいらっしゃいましたか?」
「誰でもいいのよ」
「はあ。
その前にお嬢さまのクラスで夏休みの宿題など出ていましたか? 私はお嬢さまと一緒に授業を聞いておりますが全く覚えがございません。私もこの歳ですし、覚えが悪くななったようです」
「代田、代田はボケてないから大丈夫よ。最初から宿題なんて出ていないから」
「それでは、宿題をすることは難しくありませんか?」
「夏休みにしかできない自由研究をすればいいのよ」
「それもそうですな。それではどういった研究をなさいます?」
「そこが問題よね。いっそ、夏休みにどういった自由研究をしたらいいのか研究するのはどうかしら?」
「いささか哲学的すぎでは? それにお嬢さまの夏休みは後1週間を切っておりますし、お嬢さまでも、あまり大掛かりな研究は難しくありませんか?」
「そうね。研究すると言っても研究の仕方も見当つかないものね。
やはり、自由研究は諦めるわ」
「普段、宿題など気にも留めないお嬢さまがまたどうして夏休みの宿題をなさろうと思われたのですか?」
「なんで宿題をしようと思ったのかと言うと、みんなで集まって夏休みの宿題をする。というイベントをこなさなければ夏休みが永遠に続くのでは。という天啓を受けたからなのよね。でも考えたら、わたしは小学校から去年まで、一度もそういったイベントを経験してないけど、ちゃんと夏休みは終わって2学期は始まったものね」
「私には理解しがたいお話ですが、お嬢さま、お嬢さまは月旅行からの一連の出来事で気疲れされているのでは?」
「代田、悪いけどわたし、生まれてこの方気疲れしたことなど一度もないの。もっと言えば覚醒して以来体の疲れも感じたこと無いのよ。アレ? 気疲れしたことはあったわ。この夏は琴音さんのお陰でかなり気疲れしたことを無理やり忘れていたのに思い出したわ。ということは、代田の言う通りわたしは気疲れしていたのかも? 表面には現れていなかったということは、わたしの深層心理に深く刻まれている可能性があるわ」
「私ではお嬢さまの深層心理をどうすることもできませんので申し訳ございません」
「代田が謝る必要なんてないから気にしないでいいのよ」
「恐れ入ります。
琴音さまのことですが、琴音さまは今の大学を卒業すれば、上京され、この屋敷においでになるだろうなと私は思っております」
「代田、冗談でもそういった事は言わないで。なんだかこれから先ずっと肩に重荷が乗っかるような悪い予感がし始めたわ」
「申し訳ございません。しかし、琴音さまは大学を卒業されたら就職なさるのでしょうが、東京に出てどのようなお仕事をなさるのでしょうか?」
「琴音さんでは、外歩きの仕事はとてもできないから、じっと会社の中から出ない仕事でしょうね。そういった仕事というと、為替ディーラーとかかな。でも、会社の敷地内に寝泊まりしないと、出勤するだけで半日かかる可能性もあったわね。でも為替ディーラーなら昼から出勤して真夜中まで働けばいいんでしょうからちょうどいい仕事かも。と言うか、そもそも最初からリムジンか何かで出勤すれば問題ないか。
いずれにせよ、琴音さんのお父さまの会社も東京に何個もあるでしょうからなんとでもなるでしょう。
わたしたちが外野であれこれ言っても、本人次第だから。できれば今の関西の大学で大学院に進学してもらいたいけどね」
「お嬢さまも来年は高校3年生になられますし、再来年には大学ですが、どちらに進学されるおつもりですか?」
「いちおう東大の文科Ⅰ類に進もうと思ってる」
「文科Ⅰ類と申しますと?」
「1、2年の教養課程が終わると法学部に進むのが一般的なところよ。お父さまも東大の法学部出身だし」
「さようでございました。
本邦の最高学府でしょうがお嬢さまなら簡単に合格なさるのでしょうな」
「そのつもりだけど、その日たまたま車が渋滞で受験に間に合わなかったりといったアクシデントがあると不合格になるかもしれないけれどね。それでも車が間に合いそうになければ、走ってもいいわけだし。ここから試験会場の駒場は車で行けばちょっと遠いけど走れば逆にそれほどでもないでしょ」
「お嬢さまでしたらそれもアリかもしれませんな。東大病院にはヘリポートがあるようですから、最初からヘリコプターを飛ばしてもいいですし」
「うちには
「お嬢さまの一大事ですから、飛行許可なども含めて本家の筆頭執事の横山さんに連絡すれば何とでもなるでしょう」
「そういえばそうね。横山に言えば、米軍のヘリでも調達してきそうだものね」
「私も横山さん並みになりたいものです」
「代田は代田でよくやってくれてるから気にしなくていいのよ。
もう何年かすればわたしの代になるんだし、その時、代田は筆頭執事なんだからよろしく頼むわね」
「ありがとうございます。この代田、これからもお嬢さまのため全身全霊で務めさせていただきます」
「ありがとう。代田」
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