第56話 介入
ここは、アギラカナ駐日大使館8階、アギラカナ代表山田圭一。
いつものように一人だけ高級だが前時代的なデスクに向かってマグカップに入れたコーヒーを飲んでいたら、アインがデスクの前にやってきた。
「艦長、法蔵院麗華女史がまたテロに巻き込まれたようです。今回は爆弾テロです」
「本人にケガは?」
「ありません」
「場所と状況は?」
「場所は羽田空港の第3ターミナルビルのロビーです。そこでテロリストを退治しようと、秘書の代田氏と立ち回っているようで、すでに数名のテロリストを倒しています。
いかがしましょう?」
「麗華女史につけている監視ドローンでなんとかできないかな?」
「高校でのテロ事件の後単純な監視用ではなく護衛用のドローンを付けていますので、銃撃や落下物関係については彼女の身の安全は図られています。また、大使館からも制圧用にステルスモードで球型空中機動陸戦兵器8機を向かわせています」
「それは良かった。さすがはアイン、気が利くな。
テロリストの要求は何かな?」
「まだ声明等は出していないようで不明です」
「現場の警察等の動きは?」
「東京空港警察署は出入り口付近を爆弾で爆破され混乱しているようです。周辺の警察署と消防署から応援が多数駆けつけている状況です」
「警察がくるまでに、麗華女史と代田氏を助け出したいところだが、なんとかなりそうか?」
「助け出すことはできませんが、犯人の無力化は可能です。先程チャンスがあったのですが、介入を見合わせてしまいました」
「それは仕方がない。警察権の侵害になるかもしれないが、人命には代えられない。
あまり目撃者がいないところで介入してしまおう」
「了解しました。
オペレーションに戻ります」
「頼んだ」
通路の先にトイレが有ることに安心した途端琴音の尿意が一気に増してきた。
台車を押して琴音が麗華たちが隠れている通路の中に入っていくと、すぐ先に迷彩服の上着を前後逆さまに着せられて、腕が使えないよう後ろ手で袖を結ばれた男が転がっていた。動き出すようなら当て身を食らわせようかと思ったが、今のところ気絶しているようだ。
通路の床に散らばっている建材の破片に台車が乗り上げるたびに、大きな音を立て、台車の振動が下半身に伝わってくるので、琴音は結構難儀しつつ進んでいる。歩きながら、少しずつ琴音の両膝が内側に向き始めている。
花太郎の潜むファミレスから向かいの店舗の中に忍び込もうとした麗華は発着ロビーの方から床に落ちた建材の破片を乗り越えてガタゴト音を立てながら台車を押してくる琴音に気づいた。琴音も麗華に気づいたようで手を振っている。
『あんなに音をさせてたら、犯人に気付かれる』
麗華はファミレスに引き返そうと思ったが、琴音を見捨てるわけにもいかず、仕方なく琴音に向かって、口パクで『引き返して』と言ったのだがそんな口パクが琴音に通じるわけもなく、しかも本人はトイレに急いでいる最中だったので、更にガタゴト音を響かせて麗華の方に向かってきた。
「誰だ!」
やはり、台車の音をテロリストに聞かれてしまった。代田の潜む向かいの店の中から小銃を構えた男が現れた。
麗華は、ゆっくり両手を上げる。
台車を押していた琴音も小銃を構えた迷彩服の男の出現に、一瞬立ち止まったが、緊張のためか一気に下半身の状態がそれどころではなくなってしまった。結局琴音は台車を押してトイレに向かって前進を再開した。
「止まれ!」
男が、琴音に向かって大声を上げた。
だが、琴音は止まらない。いや止まれないのだ。
「止まれ! 撃つぞ!」
もう一度男が大声を出して、小銃を琴音に向けた。
そうなってしまうとさすがの琴音も止まらなくてはならない。力を込めて両足を内股にして、琴音は両手を上げた。
そのとき琴音の目には、男に忍び寄る代田の姿が映っている。
何だか安心したら、ほんの少しだけ尿意が収まったような気がしてきた。いや、少し漏れたのかもしれないが、すでにその辺りの感覚は鈍ってしまっているので定かではない。
男の背後から忍び寄った代田はすっと右手を男の襟首にかけて、一気に男を仰向けのまま床に叩きつけてしまった。男は何も言わず動かなくなった。
「死んじゃった?」
「いえ、手加減していますので、死んではいません。
お嬢さま、大丈夫でございましたか?」
「危ないところだったけど、代田に助けられたわ。ありがとう」
琴音は、通路に台車を置いたまま、麗華に向かって内股で向かってくる。
「ところで、琴音さんはどうしてこんなところにきたのかしら。結果的には琴音さんのお陰でテロリストを倒せたのだけど」
「さあ。
あまりお待たせしてしまった関係で、心配になられたのでは?」
男の小銃を取り上げながら代田が返事をしたが、その脇を無言で琴音が通り過ぎていった。
「琴音さん?」
琴音の後ろ姿に向かって麗華が声をかけると、琴音は前を向いたまま小さな声で「トイレ」と言っているのが聞こえた。
「琴音さんはいいとして、これでテロリストは最後かしら?」
「男のバックアップに誰も付いてきていないところを見ますと、今の男で最後ではないでしょうか」
「代田がそう思うのなら安心ね。
花太郎くんがそこのファミレスにいたのよ。さっきばったり会っちゃった。これって奇遇というより運命かも」
「そうかも知れませんな」
「花太郎くん、出てきても大丈夫よ」
花太郎と一緒に店の中にいた、軽い傷を負った客たちも出てきた。
床に倒れている迷彩服の男を見た花太郎が、
「これは、麗華さんが倒したんですか?」
「いえ、これはうちの代田が床に叩きつけたの。30分は起きないでしょうから大丈夫よ。30分以上放っておくと死んでしまうかもしれないけれど、それは代田次第。かな?」
「お嬢さま、サイレンの音が聞こえませんか?」
「そういえば聞こえるわ。代田は普通人のくせに、まだかなり遠くの音がよく聞こえるわね」
「それなりに訓練していますから」
「耳の善し悪しが訓練できるとは知らなかったけれど、代田だもの何でもありよね」
トイレですっきりした琴音が麗華たちの元に戻ってきた。そのころにははっきりとパトカーと救急車のサイレンの音が聞こえている。
「あっ、この人。いつかバイトで見たことのある。キャリーバッグを届けた人だ!」
花太郎は以前バイト先のファミレスで会った琴音のことを覚えていた。
琴音の方は全く花太郎のことは覚えていなかったので、首をかしげている。
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