第52話 帰国
アギラカナの保安要員の手によって、琴音のスーツケースと琴音を繋いでいた手錠の鎖が切断された。これでスーツケースをチェックインカウンターに預けることができる。
とりあえず麗華もホッとしたところで、がっしり両手で琴音に手を握られてしまった。いったいこれは何を意味しているのだろうと考えた結果、
「それじゃあ、琴音さん。一緒にチェックインしましょう」
「うん!」
正解だったようだ。
搭乗手続きといっても、パスポートの確認も持ち物検査も何もなく、名まえをチェックインカウンターで注げて荷物を預けるだけだ。あっという間に終わるため、人は並んでいない。
三人でそれぞれ名前を告げて、琴音はスーツケースをカウンターに預けた。ここ数日文字通り寝食を共にしたスーツケースと離れ離れになった琴音は幾ばくかの喪失感を味わったようで、ベルトコンベヤーで運ばれて行くスーツケースが見えなくなるまでじっと見送っていた。
「琴音さん、そろそろ行きましょう」
そのあと、なんだか落ち着かない琴音を伴い搭乗便の案内アナウンスがあるまでラウンジで時間を潰すことにした。
空いた席に着くと、さっそく代田が二人分の飲み物をトレイに乗せて運んできた。
「代田、ありがとう」「代田さんありがとうございます」
「いえいえ」
『関西国際空港行き、全日本航空ANL2012便のお客さまにお伝えします』
「あっ! 私だ」
『関西国際空港でテロ予告があり、現在当該空港への離着陸は禁止されております。2012便は到着先を羽田空港へ変更させていただきます。羽田からの振り替えにつきましては、機内および羽田での案内に従ってください』
「え、えーー。関空じゃないんだ。うちから迎えが来てくれないと羽田からだとうちまで帰れない。麗華ちゃん、どうしよう?」
麗華から言わせれば、『しらんがなー』な話だが、さすがに放ってもおけないので、
「琴音さん、私も羽田着だし、到着時刻もそんなに違わないから、荷物の受け取りコーナーで待ち合わせをしましょう。うちに一緒に帰って、琴音さんのうちからお迎えが来るまで寛いでいればいいわ」
「ありがとう、麗華ちゃーん。ううう」
涙を流して感謝されてしまった。
人助けではある。しかし琴音の両手でがっしりと自分の手が握られているところに、げんなりしてしまう麗華だった。
実は、先週からAMRでは、通話先を日本国内に限定して、日本国内と同じ感覚で携帯通信機器が使えるようになっていたのだが、麗華も代田も失念していたようだ。もちろん琴音は失念以前にそういった情報を持っていなかった。いずれにせよ、琴音の乗る便が羽田に行き先を変更になったということは琴音の迎えの者にも簡単にわかることなので、琴音を見つけることは容易だろう。
「そろそろ、お互いに搭乗時刻でしょうから、搭乗口の方にいきましょうか?」
『関西国際空港行、全日本航空ANL2012便のお客さまにお伝えします。2012便は臨時に羽田空港行に変更になっています。ご搭乗のお客さまは、4番ゲート付近でお待ちください。……』
『関羽田国際空港行、全日本航空ANL2014便のお客さまにお伝えします。……』
「琴音さんは4番ゲートだから、わたしたちとは反対の方向なので、ここで」
「麗華ちゃんお願い、一緒に4番ゲートについてきてくれない?」
また、がっしと両手で手を握られたしまった。『ついてきてではなくて、連れていっての間違いでしょう』と麗華は思ったが、大人の麗華はそんなことは言わずに、
「それじゃあ、まず4番ゲートにいきましょうか」
「ありがとう麗華ちゃん」
ここまで力一杯に手を握られていては、どうしようもないので諦めたともいえる。
4番ゲートではまだ搭乗が始まっていなかったので、麗華はゲート出入り口の一番前に琴音を並ばせて、なんとかそこで別れることができた。
「なんとかなってよかったわ。ここは同じ便でなかったことだけでも良しとしましょう。それでは私たちもゲートに急ぎましょうか」
「はい。お嬢さま」
麗華たちも搭乗ゲートに向かいまもなく搭乗が始まった。
座席について、隣に座る代田に、
「最後にハプニングがあったものの、楽しかったわ」
「お嬢さまのおかげで、こうして私も生きている間に月に足跡を残すことができました。ありがとうございます」
「何大げさなことを言ってるのよ。これからも何度でも月にも来ることができるでしょうし、いずれ金星や火星にだって行けるようになるわよ」
無事、月旅行を終えることができた麗華たちだが、心配なのは、待ち合わせ場所に琴音が無事たどり着けるかだ。琴音が待ち合わせ場所にいなければ放っておくこともできないわけで、かなり面倒な約束をしてしまったわけだが、今さら仕方がない。
帰りの便では、宇宙の景色を楽しむだけだ。代田も行きと違って帰りは落ち着いたようで、きょろきょろと座席から
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