第51話 麗華月に行く10、再会


 月旅行三日目は、最終日だったため、朝食後はホテルの近場を軽く散策して、昼前にはチェックアウトして麗華たちも空港に向かった。スーツケースなどの大きな荷物はすでにホテルから空港に運ばれており、手荷物をわずかに持つだけだ。


 空港では、チェックインカウンターで簡単な手続きを済ませるだけで、後はラウンジで出発を待つだけでいい。


 空港の玄関に入り、すぐ目の前がチェックインカウンターになっている。麗華と代田は世界一安全であるとAMRで警戒心が弱まったのか、無防備、無警戒でチェックインカウンターに向かってしまった。


「お嬢さま」


「代田、見ないふり。いったん通り過ぎるのよ」


「はい」


 ポケットをむやみに膨らませたシワシワの上着を着て、ちぐはぐに胸を膨らませた琴音が、チェックインカウンターの近くに立っていた。


 麗華は知らないふりをして通り過ぎようとしたが、琴音に見つかってしまった。


「麗華ちゃーん」


 琴音が、スーツケースを片手で引きながら、手を振って麗華たちの方にやって来る。


 さすがの麗華もここで逃げ出すわけにもいかないため、


「琴音さん、お久しぶりです」


 半分顔を引きつらせながら麗華が愛想笑いを浮かべて挨拶する。代田は一歩引いて、軽く琴音に頭を下げている。


「良かったー、知っている人に会えて」


 この時すでに麗華の右手は、片手に手錠を付けて鎖をガチャガチャいわせた琴音の両手でがっしり握られている。


 半超人化した麗華でもその素早い動きを察知することができなかった。恐るべし、無想琴音。


 琴音は方向音痴ではあるが、身体能力はずば抜けているのだ。ましてや今は琴音にとって生死を分けるような状況。ここで一度掴んだわらを逃すわけにはいかない。


「麗華ちゃん、いま私すごーく困っているの」


「そうなんですか?」


「そう。そうなの」


 ここで、何を困っているのか尋ねてしまうと、災いが降りかかってくることは目に見えているので、


「それは大変ですね。でも、お元気そうでなりより、お父さまにもよろしくお伝えください」


 と、話題をそらしつつ会話を終了しようとしたのだが、必死の琴音にそんな小技が通用するわけもなく、


「それでね、麗華ちゃん。さっきも言ったけれど、私すごーく困っているの。聞いてくれる?」


 こうなると、琴音の『すごーく困っている』ことを聞かないわけにはいかない。麗華は心の中で顔をしかめながら、


「琴音さん、一体どうしたんですか?」


「それがね、スーツケースをなくしてはいけないと思って手錠をかけたんだけど、鍵がどこかに魔法のように消えて無くなってしまって外せなくなったの。普通だったらそれでもいいんだけれど、それだとスーツケースをそこのチェックインカウンターに預けられないでしょ。もし預けてしまうと私も荷物室までベルトコンベヤーに乗せられて行ってしまうのかな?」


「それだったら、誰かに言ってとりあえず鎖を切ってもらえばいいんじゃないですか?」


 琴音が困っていることの内容がたわいもないことだったので、正直ほっとした麗華だったが、


「麗華ちゃん、誰かに言うって誰に言えばいいの? 今麗華ちゃんに言ったばかりだけれど」


 琴音は自分に何とかしてもらいたいと言っていたのか。そうなると話は違ってくるが、それほど大したことではない。


「代田、誰か空港の人にこれこれこういうことだからと言ってきてくれない?」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 後ろに控えていた代田が、すぐに駆けだして、しばらくして空港の警備をしていたであろう二人組の美男を連れてきた。アギラカナから派遣されている保安要員だ。


「あれ?」


 その二人の保安要員は二日前、露天浴場の前で遭難していた琴音を救った琴音にとっての英雄たちだった。


 代田が状況を二人に説明したところ、


「この程度の鎖なら簡単に切れますが、引きちぎってしまってもよろしいんですね?」


「琴音殿、引きちぎってくれるそうですがよろしんですね」


「え? あ、はい。お願いします」イケメンを前にしてぼーっとしていた琴音だった。


「それじゃあ。切ります」


 そう言って片方のイケメンが、琴音の手錠の鎖を両手で持って、それを左右に引っ張ったところ、鎖の溶接部分が切れて、輪っかが広がった。その輪っかを隣の鎖から外して鎖は簡単に切断された。


「ありがとうございます」


 頭を下げる琴音。麗華も代田も同じように頭を下げておく。


 二人の保安要員は、軽く会釈してその場を立ち去って行ったが、無想家で用意した手錠の鎖が簡単に壊れるような安物のわけがないので、単純にアギラカナから派遣された保安要員の身体能力がけた外れだったのだろう。


「琴音さん、よかったですね」


「ありがとう麗華ちゃん、それに、代田さんもありがとう」


 そういう琴音の両手はいつの間にか麗華の手を握っていた。恐るべし、無想琴音。さすがの麗華もその早業には再度戦慄するのだった。






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