第47話 麗華月に行く6、無想琴音2
AMR内の観光客監視システムが、不審な挙動をする一人の日本人旅行客を捉えていた。
観光客各人に割り振られた監視ドローンが映し出すその人物は、大き目のスーツケースを自分の腕に手錠でつなげ、ホテルの立ち並ぶ空港前を素通りして、そこからよほど離れた露天風呂施設の前まで移動し、その位置で30分ほど周りをキョロキョロ見回すだけで何もせず突っ立っている。
東京上空に浮かぶアギラカナの巨大宇宙船からAMRに派遣されている陸戦隊員二人組の保安要員が監視システムが要注意とした人物のところに急行したところ、その人物は、いわゆる『迷子』だった。
『迷子』という概念は、アギラカナのバイオノイドにはこれまでなかったのだが、こういった自分の現在位置を喪失している場合と、行き先の位置が移動した場合に非常にまれに発生する事象であると教育を受けており、対応方法もすでにマニュアル化されている。
「お困りですか?」
いきなり、背の高いイケメン男性二人組に語り掛けられた
逆に、困ったのは保安要員の二人組。このような反応はマニュアルにはなかった。従って、彼女に身体的異常は発生中であると判断した彼らは、彼女を医療部へ搬送する必要があると判断した。
救急搬送用ドローンを呼ぶため、
「は、はい。お困りです」
やはり、誰が見てもお困りに見える琴音だが、本人から見てもかなりお困りだったようだ。
「どうされましたか?」
「空港前にあるというANLホテルに行きたいんですが、空港前のどこにも見当たらなかったもので、空港前のこの道をずうっとホテルを探してここまで来てしまいました。いったい私はどこにいるんでしょう? ここは、空港前じゃないんでしょうか?」
琴音を見つけたのが、日本の警官ならまた別の対応があったのかもしれないが、地球人にはたまにこういった人もいるのだろうと、文字通り琴音の言葉を解釈する保安要員の二人は、地球人からすればある種普通ではない琴音の言葉に対して親切に、
「ここは、空港前ではありますが、空港から2キロ弱は離れていますのでもはや空港前とは言わないかもしれません。ANLホテルはこの道を空港方面に向かって行き、空港手前の右手に見えてくるはずです」
「そうですか、ありがとうございます」
琴音としては、急に現れた救世主にも見える
なかなか立ち去らない琴音をさらに不審に思う二人。見たところは危険人物ではなさそうではあるし、どこか具合でも悪いようなら保護しなければならないため、
「どこかお体でもお悪いのですか?」
「いえ、そんなことはないのですが、……」
と、言い
地球人の若い女性の場合、他人には言いづらいような病状などもあるということを思い出した二人は、顔をわずかに赤くして熱があるようにも見える琴音を医療部へ搬送することに決め、その旨連絡をした。
「わかりました、ご安心ください。これからいわゆる救急車を呼びますので、しばらくお待ちください」
結果、琴音は無事、医療部から差し向けられた急患搬送用ドローンのストレッチャーに乗せられ、スーツケースと一緒にAMRの医療部に搬送されて行った。
この一連のめまぐるしい世の中の変化に思考が付いていかない琴音は、なされるままおとなしくストレッチャーに乗せられ、『意外と楽ちんだな』とかのんきなことを考えていた。やはり琴音も根は大物なのかもしれない。
旅行客は旅客宇宙船から空港につながるボーディングデッキ内で、生体情報をアギラカナ側に取得されるのだが、その際ある程度の健康状態のチェックも行なわれている。旅行客の健康に問題があるようなら監視ドローンの監視体制が強化される。もちろん琴音は健康優良児であるためそういった意味での監視対象ではなかった。
医療部に搬送された琴音は、ストレッチャーに横たわったまま、再度の健康状態チェックが行われたのだが当然のごとく全く異常は発見されない。
医療部では、今の琴音の生体情報を照会して、琴音の旅客情報も取得したため、彼女が予約していた宿泊先のANLホテルまで人員輸送用地上車で琴音を荷物ごと送ってやった。
その間琴音は急患搬送用ドローンのストレッチャーから地上車の座席に位置を移すためスーツケースと一緒に10メートルほど移動しただけだった。
ホテルに入ると医療部からすでに連絡が入っていたようで、琴音は何も手続きすることなく、自室まで連れて行ってもらえた。琴音が自身で運ぶ手錠の付いたスーツケースを一瞥したホテルの係りの者は、その中によほど大事なものが入っているのものと思い、荷物については触れなかった。
「AMR、みんな親切だし、楽でいい」
これが琴音の率直な感想だった。
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