第39話 銀河鉄道計画


 テロ事件の余波で休校になった日の午前中、学校のグランドで自分の能力を確認したところ、どうも自分が進化したのかはわからないが一般人では考えられないような身体能力を持っていることに気付いたお嬢さま。オリンピックに挑戦するわけでもなく、だからどうなるわけでも、どうするわけでもないので、いったんそのことは忘れることにした。


 当面の行動計画を久しぶりに見直そうと考えた麗華は自室にもどりマホガニーの机を前にして、ビジネスチェアに座って天井を眺めながら考えを廻らせている。


 アギラカナ代表特別補佐官の一条とも懇意こんいになり、アギラカナが今後業務を民間に拡大していくときには人材の派遣まで依頼されてしまった。その上一条以外の日本人として初めてアギラカナ大使館のアギラカナ専用階に入ることも許されたうえ、アギラカナの訓練風景まで見せてもらえた。大したことではないが、自慢のクッキーも月デビューすることがすでに決まっており契約料も振り込まれている。


 次の一手として法蔵院グループにとって何が有効かと考えると、一昨年開催された東京オリンピック以降、業績が低迷している建設会社のテコ入れが急務だろう。現在、全国の工業エリアではアギラカナの輸送宇宙船が直接離発着できる簡易宇宙港を建設中だ。そこに、法蔵院グループも食い込んではいるものの、パイが限られた市場のためこれからの発展性は期待できない。それでは、どうするか? 一つは今後月便が解禁されるであろう地方空港への連絡道路の整備、これはすでに法蔵院グループで動き出しているので良しとしよう。それならば、次のアギラカナの動きは何なのか。じっと思考を廻らす。……


 2027年開通予定の東京―名古屋間のリニア新幹線の計画も遅延しており、開通見込みはその1、2年先になりそうだとちまたでは予想しているが、法蔵院グループのシンクタンクではそれ以上に開通は先に延びるだろうと予想している。アギラカナに委託してしまえば工事などすぐに終わるのにとは思っているが、直接グループに影響が有るわけではないので放っている。


 あのアギラカナの大使館は宇宙船という話だ。宇宙船の形など何でもありのようだし、実際旅客機型の宇宙船があるくらいなら、もっと細長くして列車型の宇宙船があっても別におかしくないように思える。

 それにアギラカナの宇宙船が100キロ上空で半年以上滞空しているのだ。駅の上で数分滞空するのも容易だろう。

 今の日本で、都市部の中心あたりで十分な土地がまとまっているのは、鉄道会社の駅舎と操車場を含めた線路の敷地くらいだ。新たな駅を作るのも線路を作るのも難しいだろうが、列車型宇宙船なら、別に線路もいらないだろうし、人の荷重に耐えられるプラットホームさえ駅の上に作ればよいのだから駅舎の改良も最低限に済むはずだ。

 鉄で出来たレールの上を走るわけではないので騒音も少なそうだし、ヘリの飛ぶ高さくらいを飛んでいくなら文句も出まい。ヘリに比べればよほど静かな乗り物になるはずだ。列車型宇宙船の路線は、そのまま鉄道線路の上でいいだろう。


 鉄道の駅から発着できれば利便性は圧倒的に上がる。これが出来れば、リニア利権は吹っ飛ぶとは思うが、幸い法蔵院グループは、この案件には深くかかわっていないので傷は浅い。確認しなければいけないが、法蔵院グループは鉄道会社の有力株主だったはずであるし、一条からアギラカナからの提案として政府に持ち込めば成算は十分ある。

 リニアが吹っ飛ぶ鉄道会社とリニア関連企業はいい顔をしないかもしれないが、乗客の利便性が格段に上がる上に、長い目で見れば鉄道会社に十分収益が上がることは理解できるはずだ。これなら、行けそうだ!




「アギラカナ代表特別補佐官の一条さんでしょうか? ……はい。法蔵院麗華です。はい。いえ、別に大したことありませんでした。今後気を付けます。はい。……。そういうことですのでよろしくご検討お願いします」



 麗華から提案を受けた一条、


「先輩、宇宙船の形ってどんなのでもいいんですか。ほら、この大使館だって変な形の宇宙船なんでしょう。だったら、どんな形でも宇宙船にできるのかなって思ったんですよ」


「いきなり妙な質問をするんだな。俺じゃよくわからないからちょっと待ってろ。

 アイン、一条がこう言ってるけど、だいたいどんな形でもいいんだよな?」


「はい、慣性・重力制御部分、動力・推進部分、制御部分、生命維持関連装置があれば問題なく宇宙船が出来ますのであまりに突拍子のない形状でなければ建造可能です」


「一条、そうなんだそうだ」


「それでしたら、新幹線型の宇宙船も出来ますか? 列車型で、曲がった駅にも降りられるような」


「問題なくできますよ。車両ごとに宇宙船化したうえで可動できるよう連結部を作るだけですから」


「一条、いったい何がしたいんだ?」


「宇宙船で、鉄道駅を使った高速旅客輸送ができないかと思ったんです。できたらすっごく便利だと思いませんか?」


「そりゃあ便利だろうな。それができたらさしずめ『銀河鉄道』か?」


「わたしが言おうと思ってたのに先輩が言っちゃうんですね」


「やっぱりそうか。まあ、別にいいんじゃないか、アインも簡単だって言ってるみたいだから。仕様だか要件が決まればすぐ作ってやれるぞ」


「それじゃあ、この話を進めていいんですね?」


「そのつもりだったんだろ? 別に構わないから、やるんだったら大々的にやってくれ」




「麗華ちゃん? そう、わたし、一条。いまうちの先輩に確認取ったんだけどOKだって、話を進めてくれていいわよ。あと、列車の要件? それが分かれば知らせてくれる? 担当者をアサインしてくれたらそれでもいいわ。こっちも、日本政府に提案する準備を国土交通省からここに出向している人にさせているから急いでね」



 そんなこんなで、話は進む。


 1カ月後、試験運行が東京―名古屋間で行われることになった。東京駅の東海道新幹線プラットフォームの1段上に仮設のプラットフォームとそこに続く階段が設けられている。午前8時50分、プウワンという警笛とともに、上空から新幹線の列車によく似た形状の列車?が仮設プラットフォームの脇に停車?した。もちろん、下に線路があるわけでもないので、空中に停止しているのである。乗客定員2500名、2階建て(1部3階建て)の列車型宇宙船。これからいろいろ新しく言葉を作っていく必要がありそうだ。


 午前9時00分、プラットホームに響く発車ベルの音とともにドアが閉まり、列車型宇宙船が高度500メートルまで上昇し、そこから正確に線路上空を名古屋に向かって飛行する。平均時速750キロで名古屋まで30分で到着する。試験運行はその後も何度か行われ、騒音や、航空機の飛行に対し大きな問題もないことを確認したため、営業運行可能と判断された。


 試験運行の成功から間を置かず、大阪、博多を含め主要4駅で列車型宇宙船用の本格的プラットフォーム建設が始まった。こちらの方の工事は既存の列車運行を妨げられないためさすがに時間がかかり、4か月の工事期間を見込んでいる。





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