第37話 能力確認1
翌日、代田の言うようにレベルアップだか進化だかしたのか確認しようと早朝の鍛錬を始めるお嬢さま。いつものように形稽古をしっかり時間をかけて体を温めた後、これもいつものように代田(しろた)と立ち合い稽古を始めたところだ。いつもと違うのは訓練用の直槍(すやり)の穂先に丸く布を撒いて安全性を高めているのだが、いまのところ稽古の相手が代田なのでそれで十分では有るが、そうでなければこれでもかなり危険な代物である。
麗華の繰り出す槍を、かわしながら片手で軽く払う代田。お互いその程度では体幹がぶれることはない。徐々に麗華の繰り出す槍の速度が上がっていく。代田はかわすことは諦め、片手だけでは払いきれなくなった麗華の槍を左右の手を使い払い始めた。
とは言っても、さすがは代田、槍を払いながら、斜めに構えた下半身をやや落として、つま先を使い徐々に麗華に近づきながら膝の溜めを作っている。麗華に隙があれば、代田なら一歩足を踏み出すだけで麗華の懐に入ることが出来る状態、要するに麗華は代田の間合いに捉えられているわけだ。
ここで何かの拍子に代田の手が麗華の胴着にかかってしまえば、麗華には代田の空気投げによって投げ飛ばされる未来しかない。しかし、麗華の繰り出す槍の速度がもう一段上がり、代田もそれを払うので精いっぱいの状態になってしまった。
代田が麗華の顔を見ると、普段は立ち合い時であれなにがしかの表情を浮かべているのだが、今日の麗華は力むわけではなく、無表情でただ黙って槍を高速で突き出している。
格闘術を極めた男であるからこそわかる。これは、ヤヴァイ奴だ。代田は麗華と
突き出される槍を払うのが遅れがちになり、少しずつではあるが代田が後ろに下がり始めた。ここまで下がると、もはや普通の槍程度はある代田の間合いでさえ麗華を捉え切れない。
ここにきて、更に1段麗華の突きの速度が上がった。後、数回麗華の突きを何とか払うことはできても後はない。
「参りました」
代田から、彼が30数年間発したことのない言葉が発せられた。
その言葉で我に返ったのか、麗華の顔に表情が戻ったようだ。
お嬢さまが口元をキッと結んでいかめしい表情を作っている。これはニマニマ笑いをこらえているときの麗華の顔だ。
たがいに稽古着を正し、向かい合って礼をして立ち合い稽古を終えた。
朝食後のお茶を代田に淹れてもらいながら二人で今日の稽古について話している。
「お嬢さま、お見事でした。もはや私ごときでは、お嬢さまのお相手は務まりませんな。おそらく、槍を持ったお嬢さまに正々堂々と勝負を挑んで勝利できる人間は旦那さまを含めて国内にはいないでしょう」
「お父さまにはさすがにまだ勝てないでしょう。それに代田にはこれからもわたしのこと助けてもらわなくちゃいけないのに、妙なこと言わないでよ」
「ありがとうございます。それで、槍を扱っておられるときお嬢さまはどのような感じでございましたか?」
「昨日のようにいきなりじゃなくて、今日は少しづつ周りが遅くなってきた感じがしたわ。昨日ほどの空気の抵抗も感じなかったしだいぶ体が慣れたのかもしれない。まだまだ余裕でスピードを上げられる感じがしたわ」
「なんと。お嬢さまは、武術の一つの境地に達せられたようですな。法蔵院流のご開祖さまの境地かも知れません」
「そうかもしれないけど、代田の言ってたレベルアップとか進化って感じじゃなかったわよ。いままで、意識したこともないしレベルアップも進化もした事ないから良くわからないけどね」
「おっしゃるように、人が進化してしまったら大変ですが、進化した人は自分が進化したかどうかは自覚できないのかもしれませんな」
「代田、
「お伝えしていませんでしたが、今日は臨時休校だそうで、クラブ活動もありません。幸いと言ってはお嬢さまに申し訳ありませんが、お嬢さま以外のけが人はなかったようです」
「何だかわたしだけ貧乏くじを引いたのかしら。でも、わたし以外にけが人が出なくてほんとによかったわ。けがはしなくてもずいぶん怖い目にあった生徒たちもたくさんいるんでしょうから学校が休みになるのは仕方ないかもしれないわね。
そうだわ、代田、今日は学校のグランドを使わせてもらってどのくらいわたしの身体能力が上がっているのか正確に測ってみようかしら。知らないうちに進化してるのかもしれないけれど、ここのところ体育なんかでもビックリするくらい体が軽く感じられて思った以上によく体が動くのよ」
「それでは、学校の守衛室に連絡して、今日お嬢さまがグランドを使用する
「お願い。私の方は向こうで着替えるのは面倒だからこちらで運動しやすい服装に着替えていくわ」
白鳥学園には連絡済みだったため、麗華のリムジンの到着に合わせ正門が開けられ、すぐにだれもいないグランドに行くことが出来た。
今日の麗華は巫女服に見間違うような他人から見るとふざけているとしか思えない鍛錬着で走るわけではないらしい。薄手のジャージーを脱ぎ捨てて軽く準備運動をするお嬢様。今麗華の着ているのは、黒を基調としたセパレートタイプのユニフォーム。赤いラインが縦に入って見るからにスポーティーだ。履いているシューズもおそろいで、麗華の本気具合がうかがえる。
トラックは1周200メートルなのだが、直線で100メートルを正確に測るため、代田が持参した巻き尺で、直線部分を測ったところ42メートルだったのでその両端に29メートルずつつぎ足して100メートルの直線を作った。ゴールから声で合図すると100メートル先のスタート地点に声が届くのが0.3秒ほどかかるので代田がゴールで振る旗を合図に麗華が走るわけである。
「位置について、ヨーイ、」
シュ!
旗が振り下ろされた瞬間、スタンディングスタートの麗華が走り始めた。ストップウォッチを握り麗華のゴールを待つ代田の指先に力が入る。
カチッ。
ストップウォッチの表示するタイムを見て驚く代田。
「お、お嬢さま、大変です!」
息も切らせていない麗華が、代田の持つストップウォッチをのぞき込む。
そこに表示された数字は、09.23だった。
「???」
確かに足も速くなった気がしていた。体も軽い。しかしそれで、世界記録を大きく上回った?
普段落ち着いた麗華もこれには
「お嬢さま、これはどういたしましょう?」
「いまさら、オリンピックを目指すわけじゃないけど、自分でも驚いちゃったわ。いま走ったのほんとに100メートルだったのよね?」
「間違いありませんが、もう一度測ってみます。この巻き尺の先端をそこで持っていてくださいますか?」
「ここでいい?」
巻き尺の端をもってゴールのつもりで引いた線の上に立つお嬢様。
「はい。それじゃあ、確認してきます」
巻き尺を延ばしながらスタート地点に走って行き、そこで巻き尺の目盛りを見るとピッタリ100メートルだった。
「お嬢様~。ぴったり100メートルでした~」
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