第35話 麗華、覚醒2


 用具室の扉を少しだけ開けて中を覗き、誰もいないことを確認して素早く忍び込む。


 用具室の中にはマットや跳び箱、バスケットボールやバレーボールなどが置いてあリ、少し埃っぽいのだがせきをするわけにはいかない。我慢しながら進み、生徒たちがいいると思われる体育館に繋がるドアを開けて中を覗く。


 生徒と体育教師が体育館の床の上に全員座らせおり、ほとんどの生徒は下を向いて座っている。その中の数名の女子生徒はめそめそ泣いているようだ。


「小銃を持ったものが二名。ピストルを持ったものが一名います。さきほど体育館の屋根の上から確認したところ、外には先ほどの男の他に連中の仲間はいないようでした。生徒たちが人質に取られているようですので速やかな行動が重要です。私は、中2階にあたる部分の通路から一番奥にいる小銃を持った男をまず排除して残りの二人の注意を引きますので、お嬢さまはその隙に一番手前の男をお願いします」


 そう言って、代田は音もたてずに用具室の脇の壁に取り付けられた、梯子代わりに上まで連なった鋼鉄製の取っ手を伝って中2階の通路に上がっていった。


 一番向こうに見える男は小銃を肩から下げて、そちら側の出口の方を向いており、真ん中に立っている男はピストルを腰のベルトに突っ込んで人質の生徒たちを監視している。


 3人目の男は麗華の位置から最も近く、10メートルほど離れた場所で小銃を膝の上に置き後ろ向きにスチール椅子に腰かけて人質の生徒たちを見ている。この男の姿勢だと小銃を取り扱うには1拍はおろか2、3拍は必要だろう。後ろから近づき後頭部を槍代わりの棒で一撃を加えれば簡単に無力化できそうだ。


 2人目の男の持つピストルも腰のベルトから抜き出して構えるにはある程度の時間がかかるだろうし小銃に比べれば威力も命中精度も落ちる。すでに外の見張りは倒しているので、体育館に残った3人を無力化すれば無事生徒たちを解放できる。


 犯人の無力化に手間取った場合、犯人が発砲する可能性があるが、麗華はその銃弾が自分に当たるとはつゆとも思っていない。金属棒しか持っていないお嬢さまは文字通り無鉄砲なのだ。


 姿勢を低くし、手にした槍代わりの金属棒を両手で構え、音を立てずに椅子に座った男に近づく。二人目の男がようやく麗華に気付いた時、一番向こうの小銃を持った男が代田によって後方から締め落とされていた。


 代田はピストルを持った二人目の男の注意をひくため締め落とした男をドサッと音を立てて投げ捨てそのまま二人目の男に向かう。


 麗華の方は3番目の男が代田によって倒されたのを見て慌てて椅子から立ち上がろうとしていた男の後頭部に棒の先端を突き当て、昏倒させていた。


 最後に残った二人目の男は一度は代田の方を振り向いたが、棒を持った麗華を脅威と思ったのか麗華に向けてピストルを構え狙いを付けようとする。


 ここで、麗華はピストルを構える二番目の男に意識を極限まで集中させた。


 カチリ


 何かがはまった音が確かに麗華には聞こえた。


 彼女の知覚領域が急に広がり、時間感覚が一気に加速した。周囲のすべてがスローモーションの世界に飲み込まれていく。


 男がピストルで自分を狙っているのが分かる。


 ピストルの銃口がゆっくりと自分の方に向けられる。


 男の指先に力が入り徐々に引鉄(ひきがね)が引かれて銃弾が発射された。


 パアアアーーン!!


 加速した感覚の中でピストルの発射音が引き延ばされて響き続ける中、銃口から発火炎とともに飛び出した銃弾が周りの空気をゆがめながら自分に迫ってくるのが分かる。


 人質になった生徒たちの中の数人がピストルの音におびえ悲鳴を上げようとしていることも分かる。


 麗華は体をやや斜めにしてゆっくりと自分に向かって来る銃弾を避けようとするが空気の抵抗が思った以上に重く体にまとわりつき自分の感覚以上に体の動きが遅い。


 それでも何とか銃弾を避けることが出来たのだが、右腕をわずかにかすめてしまい、皮膚が5センチほど破れ血がゆっくりと流れ出て来た。


 なにも痛みは感じなかったが、血の雫がゆっくりと床に落ちていく。


 代田の方は、ピストルを撃ち終わった男の後ろから、相手のかかとに自分の足を当て襟をもって引きずり倒し、馬乗りになって送り襟締めで落としてしまった。念のため男の両肩に手を当て、脱臼させることも忘れない。


 そこで、スローモーションの世界が終わりいつもの感覚が麗華に戻って来た。


 ドーン! 


 麗華が振り向くと、今度は、体育館の校舎に繋がった方の扉が大きな音を立てて開かれ、防弾シールドを構えた警視庁の対テロ特殊チームの警官たちが突入してきた。生徒たちも、いま、一瞬の出来事で事態を飲み込めていないものも多かったが、犯人たちが倒され、次に警官隊の姿を目にして、安堵した表情をしている。



 対テロ特殊チームの警官隊にして見ると、配置についていて犯人の説得をこれから始めようとしていた矢先に銃声が響いたため、一気に突入したのだが、体育館の中に突入してみるとすでに犯人らしきものはおらず、3人の男が床に転がっており、40名の生徒と体育教師は床に座らされている。


 立っているのは右腕から血を流した裸足はだしの女子高生一人と、執事服を着た男の二人だけだった。


 代田が、警視庁から派遣された対テロ特殊チームのリーダーに簡単に事情を説明したところ、すぐに4名の犯人グループは気絶したまま警官に連行されていき、人質になっていた1年の生徒たちも続いて警察官たちに保護されている。


 麗華は、警官たちに連れていかれる1年の生徒たちの後ろ姿を見送っていたのだが、何を思ったか、体育館の床に転がっていたバスケットボールを拾い上げ、


「みんな、よく見ててちょうだい」


 生徒たちが一斉に麗華の声に振り帰ると、大きく放物線を描いたバスケットボールが、リングの真ん中を通ってネットを揺らしたのだった。それを見た生徒たちから思わず拍手が起こり、こわばっていた顔も幾分緩んだようだ。



 その後、麗華たちも事情聴取されようとしたが、代田が対テロ特殊チームのリーダーに何事かささやくとそのまま解放された。


 

 当然の措置として当日の授業と放課後の部活は中止となったため、麗華たちも脱ぎ捨てた靴とタイツを回収しリムジンを呼び寄せ先に帰宅した。


 事件発生中、学園は授業中の生徒たちを教室から出さないよう指導していたため、各自の教室で待機していた生徒たちも三々五々帰宅していった。


 保護された生徒たちのうち数名が体調不良を訴えたため念のため近くの病院で検査されることになったが、異常は見つからなかったようだ。




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