第33話 訪問カレー
「お嬢さま、せっかく素晴らしいカレーが出来たのですから、爺咲くんに食べてもらいませんか?」
「あら、爺咲くんの台所でカレーを作るつもりでいろいろ頑張ったのだけれど」
「爺咲くんの住んでいるアパートはあまり広くはございませんので、屋敷の厨房に有るような大きな鍋や食器などをこちらから持参するのもお互い気を使いますから、先方での料理はお止めになった方がよろしいかと思います。できた料理をいままでのように使用人の田宮に託すのではなくお嬢さまご自身がお持ちするればそれはそれで喜ばれるのではないでしょうか」
「それもそうね。それじゃ今日にでも持って行ってあげようかしら」
「今日、爺咲くんは夜10時までアルバイトのシフトに入っているようです。明日の剣道部の部活の後にうかがうことにしませんか。カレーも一日寝かせた方が美味しいと言いますし」
「それじゃ、そうしましょ。『おいしいカレーが出来たので、明日の夕方7時に届けます。楽しみに待っててね、麗華』。メールしておいたわ」
そして翌日の夕方。カレーとご飯をそれぞれタッパーに詰め、代田とリムジンに乗り込み花太郎のアパートを目指すお嬢さま。花太郎のアパートの近くまでリムジンで来たのだが、目指すアパートの前の道は狭いのでリムジンでは乗り入れることができないようだ。
「あそこに見えるアパートの103号室が爺咲くんの部屋です。私はここでお待ちしていますので」
リムジンのドアを開け代田が麗華に花太郎のアパートを指し示し、タッパーを入れた紙の手提げを麗華に手渡す。
「それじゃあ、行って来るわ」
受け取った手提げを持って目の前のアパートの103号室を目指す麗華。
こちらは前日アルバイト明けに麗華からのメールを読んだ花太郎。なんとなく嫌な予感がするものの、シャワーを浴びたあと、部活とアルバイトで疲れていたせいかすぐに寝てしまい次の日を迎えた。
花太郎が部活を終え、アパートに帰って着替えを済ませ自室で麗華を待ち構えていると7時ちょうどにチャイムが鳴った。玄関のドアを開けてみると、荷物を持った麗華がメール通り立っていた。
「法蔵院さん?」
「爺咲くん、こんばんは」
麗華がそれだけ言ってじっと立っているので、
「こんばんは。どうぞ、お入りください」
とつい言ってしまった花太郎。
「それじゃあ、お邪魔します」
狭い玄関口で靴を脱ぎ花太郎の部屋に上がり込むお嬢さま。
「あら、ずいぶんと狭いところなのね」
率直な感想だが、全く失礼なものである。
「でも、男の子の一人住まいと聞いていたけどずいぶんきれいにしてるじゃない。さすがわたしの見込んだ男だわ」
「部屋が狭くて申し訳ありません」
「爺咲くんのせいで狭いんじゃないんだから謝らなくてもいいのよ。別に気にしてるわけじゃないんだし。それにそんなにかしこまらなくてもいいのよ。それじゃ、これをお渡しするわ。普通の人には少し辛いかもしれないけど結構おいしいカレーよ」
そう言ってキッチンの流し台の上に手提げ袋を置き、取り出した包みを解くと、大き目のタッパーの中にご飯と中くらいのタッパーの中にカレーが入っていた。それとは別に一食分だけ電子レンジで温められばそのまま食べられるよう、中くらいのタッパーにご飯とカレーが仕切られて入っている。
「一食分は別にしてるからレンジで温めればすぐ食べることができるけど、今食べる?」
頷く花太郎。
麗華が台所の中を見回しながら、
「普通の電子レンジなら2分温めればいいってうちの料理長が言っていたけど、この電子レンジ業務用とかじゃなくて普通のだよね。
スプーンはどこかしら? ここにあったわ。
ふーん、どこに何が有るか、だいたい覚えたわ。
……チン! それじゃあ、どうぞ召し上がれ」
温まったカレーライスの入ったタッパーとスプーンを爺咲の前のテーブルにおいてやる。
「あ、ありがとうございます」
「わたしのことは、気にせずカレーを食べてて。……ふうん、これが男の人の部屋なんだ。初めて男の人の部屋に入ったけど別に感慨が湧くわけでもないのね」
勝手に花太郎の部屋を見回す麗華お嬢さま。閉じられたカーテンをめくってアパートの裏側を眺めてみたり、勉強机や本棚を眺めたりしていた。
花太郎は自分の前に置かれたカレーライスをスプーンを持って口に運ぶ。少し辛いが部屋の中をいろいろ探検しているお嬢さまが気にならないくらいおいしい。
「法蔵院さんは剣道始めて長いんですか?」
「剣道は、一カ月くらいかしら」
「えっ!」
花太郎はがっくりしてしまった。自分は10歳で剣道を始めて丸5年、かたや一カ月。しかも相手にならず負けてしまった。
「でも、わたしは4歳から槍を始めてもう12年以上になるわ。爺咲くん、法蔵院流槍術って聞いたことない?」
「法蔵院流槍術のことは聞いたことはあります。十文字槍を使う槍術というくらいしか覚えていませんが。それで、あの突きだったんですね」
「まあね。爺咲くんには痛い思いをさせちゃったようだけど、あれだけ見事に突きが決まると久しぶりに突いたって気持ちになれるの」
「
「そう。そう言ってくれてありがとう。それじゃ、そろそろお
「今日もありがとうございました」
狭い玄関口で靴を履いて、後ろ手でドアを閉めて帰っていく麗華に頭を下げて礼を言う花太郎だった。
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