第32話 麗華、料理に挑戦3、カレーはね


 スーパー越後屋から屋敷に戻った麗華たち。さっそく割烹着かっぽうぎに着がえて厨房に入り料理開始だ。


「代田、買って来たものを調理台の上に並べてくれる」


「はい。お嬢さま」


「代田の割烹着かっぽうぎ姿もだいぶさまになって来たわね。割烹執事かっぽうしつじ。何だかカッコいい呼び名よね」


「ありがとうございます」


 あまりうれしくなさそうな代田である。


「今回はカレールウの裏箱をきっちり読んじゃったから、試しにその通り作ってみるわ」


「それは、それは」


 今度はすごくうれしそうな代田である。


「代田何かあったの? そんなにうれしそうな顔をして」


「いえ、昨日見たテレビドラマの場面を思い出しましてつい」


「男の人の思い出し笑いはあまり見ていて気持ちのいい物じゃないわよ」


「以後気を付けます」


「そう。それじゃあ、代田は玉ねぎ担当ね。買って来た玉ねぎが大き目だから、4個でいいか。みじん切りにしたらよーく炒めておいて」


「かしこまりました」


「わたしは、じゃがいもを担当するわ」


 じゃがいもを流しで洗い、まな板の上に1つずつ並べて置いていき、包丁立てから取り出した大き目の包丁を両手で持って構えるお嬢さま。


「包丁仕事は私がいたしますから、お嬢さまはそこの椅子にでも腰かけてお待ちください」


「それじゃあ、代田頼むわね」


 さすがは割烹執事かっぽうしつじ、出来る男、代田だ。お嬢さまの斬撃からまな板を救ったのだ。この快挙に対し料理長の宮本も絶賛することだろう。しかも、割烹執事かっぽうしつじは包丁さばきも素早く正確だ。


 シャッシャッシャッシャッ。


 と玉ねぎのみじん切りが高速で出来てゆく。


 俗に、玉ねぎを切ると目から涙が出るというが、それは良く切れないなまくら包丁で玉ねぎを切ることで刺激物が目に入るからなので、お嬢さまが斬撃に使う前の研ぎ澄まされた包丁で玉ねぎを切る分には全く問題はない。


 シュシュシュシュ。


 じゃがいもの皮が剥かれて、


 トントントントン。


 賽の目に切り分けられていく。


「お嬢さま、お肉はどのくらいの大きさに切り分けましょうか?」


「2、3センチ角くらいでお願い。大きさが揃っていないと火の通りにむらが出来るからできれば正確にね」


 ……


「だいたいこんなところですか」


「代田、あなたずいぶん包丁さばきが達者なのね。見直したわ。執事を辞めても十分料理人でやっていけるんじゃない?」


「お嬢さま、冗談はよしてください」


「それほどすごいって褒めてるのよ。それじゃあ、前みたいに代田は玉ねぎを炒めておいて。わたしは肉を炒めておくわ」


 麗華が、コンロの火加減を中火にしてその上に置いた大き目の鍋に油を入れ、鍋が十分熱くなったところを見計らって肉を投入し炒め始めた。


 ジュー。いい音をたてながら肉が炒められていく。


「肉にはコショウは欠かせないわよね。肉の表面が少し焦げるくらいに炒めると中の肉汁が後で煮込んでも肉の中に留まるの」


 そう言って、粉コショウをパッパッと二振りかけて、更に炒めていく。粒コショウは断念して粉コショウを使うことにしたようだ。しかも、使うコショウの量も普通だ。お嬢さまの半日の進歩を目の当たりにして、横で玉ねぎを炒めていた代田も感激している。


『男子三日会わざれば刮目して見るべし』


 男子ではないがたった半日でお嬢さまはレベルアップしたようだ。


「次は、トマト缶。トマトの酸味で肉が柔らかくなるはずよ」


 二缶のトマト缶を炒めていた肉の上に空けて、トマトをつぶす感じでさらにかき混ぜていく。


「代田、玉ねぎの方はどんな具合?」


「まだあめ色にはなりませんが、何だか甘い香りが漂ってきました。かなり透明になっていい感じじゃないでしょうか」


「甘い香りは、玉ねぎのうまみ成分なのよ。それじゃあ、こっちの鍋に玉ねぎを移してくれる?」


「はい」


 鍋から鍋へ半透明にまで炒められた玉ねぎが移され、それを、麗華がトマトで赤くなっている豚肉と混ぜ合わせていく。


「じゃがいもを入れたら、水を足して煮込むわよ。代田、鍋が沸騰したら灰汁(あく)を掬くってね」


 沸騰し始めた鍋からしきりにお玉で灰汁を掬う代田を後ろから眺めている麗華お嬢様。


「そろそろ、いいかしら。いったん火を止めて、それからルウを入れるわよ」


 BSゴージャスカレー、ホウス・ジャバザハットカレーを箱から取り出し、ルウを割りながら鍋に投入しかき混ぜていく。ルウがゆっくり鍋の中で溶けていくと徐々にカレーらしくなってきた。ひと箱ずつしか買っていなかったので、オリジナルブレンドは1対1になってしまったようだ。代田からしてみれば、これで一安心である。


「あら、ルウが溶けたら、カレーが妙にかたい感じになっちゃたわ。少し水でも足して緩くしないとまずそうね。


……これくらいかしら。うん、いい感じね。これをとろ火でかき混ぜながら10分ほど煮込めば完成だわ。後は、ご飯ね。代田、昼の残りのご飯があるだろうけどご飯は炊き立ての方おいしいから、炊いてくれる」


「また2升ほどでしょうか」


「ご飯はそれでいいわ。最後の仕上げは、このガラムマサラね。辛そうだからこのくらいかしら」


 今までのお嬢さまなら、小さな瓶に入ったスパイスなど一度に全部使ってしまいそうなものだが、今回は瓶の四分の三ほど残っている。ここにも進歩いや進化のあとがうかがえる。


「でき上がったみたい。ちゃんとじゃがいもも形が崩れずにおいしそうだわ。少しだけ味見してみましょう」


 お玉に掬ったカレーを小皿にとってなめてみる麗華お嬢さま。


「カレーはね、こうやって作るの」


 お嬢さまのいつものドヤ顔なのだが、久しぶりに見たように感じる代田だった。


「宮本が帰ってきたら、夕食にはこのカレーを温めなおしてそれにサラダでも付けて出させてくれる」


「かしこまりました」



 当日、麗華の屋敷での夕食。屋敷の使用人たちは、夕食も麗華謹製のカレーと聞いていたため、そろって胃腸薬をあらかじめ服用して食堂の席についていたのだが、


 フンフン、フンフフン……♪ フンフン、フンフフン……♪


 お嬢さまの鼻歌が聞こえ始めていよいよ覚悟を決めて待っていると、厨房からカレ-ライスを乗せたワゴンとサラダを乗せたワゴンがお嬢様と新人の佐々木によって運び込まれてテーブルの上に置かれていく。顔を見合わす使用人たち。料理長の宮本はもしもに備えて、お嬢さまには内緒で、人数分のおにぎりを用意している最中だ。


「あら、さっきまでいた宮本が見えないわね、佐々木、宮本を呼んできてくれる。わたしたちは先に食べ始めましょう。いただきます」


 覚悟を決めていたものの、恐る恐るスプーンでカレーを掬い口に運ぶ使用人たち。そのあと、安堵の顔とともに無言でスプーンを動かす音だけが食堂に響いたようだ。





[あとがき]

今回のカレーはマネして作ってもちゃんとおいしいものがたぶん出来ます。

カレールー1箱でトマト缶400グラム1缶です。お勧めはハ〇ス・ジャワカレーの辛口、またはスパイシーブレンド。


いまさらですが、執事の代田剛三の名前は伝説の合気道の達人、塩田剛〇さんをもじったものです。Wikiなりヨツベで見てください。凄い人です。

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