第31話 スーパー越後屋


「今回のカレー、少し辛かったけど十分おいしかったわ。コショウだけは失敗だったから、今度からは粒コショウじゃなくて粉コショウにすれば問題クリアね」


 あの辛さを少し辛いで済ませる麗華に驚く代田だが、お嬢さまは特別なのだということで一人で納得したようだ。


「カレーは庶民の味とも言いますから、次回は市販のカレールウを使った方がよろしくありませんか?」


 先ほど食べたカレーの余りの辛さに唇をタラコにした代田が麗華をいつものように無難な方へ無難な方へと誘導を試みている。被害は自分たち使用人だけで十分なのだというけなげな決意のほどがうかがえる。


「プフッ。代田、オールバックの上に真面目な顔をして、たらこ唇を私に向けないでくれる。代田のいつもの真面目顔に似合わなくてつい笑っちゃうわ。プフフフ。……ふー。ごめんなさい。それで、わたしは庶民派なんか狙ってないの。自分のことはお嬢さまだって自覚してるのよ」


「先ほどのカレーが少々辛かったもので申し訳ありません。お嬢さまがお嬢さまであることは間違いありませんが、当初の目的は爺咲くんに料理を作ってあげることだったではありませんか。こういっては失礼かもしれませんが、爺咲くんは庶民の代表のようなものでしょう。ここで、お嬢さまが庶民派アピールすることは有意義ではありませんか?」


「なんだか、代田はわたしに簡単な方へ、簡単な方へって誘導してるんじゃない?」


 さすがに麗華も気づきつつあるようだ。


「滅相もありません」


「ほんとかどうだか。でもいいわ。今度はお店に行って食材を揃えるところから挑戦しましょ。そこで、市販でもおいしそうなカレーのルウがあれば使ってみてもいいわ」


 結局、代田の必死の説得により市販のカレールウも麗華の視野に入れることが出来たのは成功だったが、お嬢様がお店で食材を選ぶという挑戦を思いついてしまったことはさらなる困難を代田に予感させるのだった。


「食材を買うなら越後屋かしら、代田、車を用意させてくれる」



 麗華の屋敷から歩いて5分の場所にある高級スーパー越後屋に例のごとくリムジンで乗りつけた麗華たち。リムジンが大きすぎて駐車場には入れないので、いったん屋敷に戻らせ、帰りにまた呼ぶことになっている。


 さっそく店内に入り、カレーのルウを物色する。カートを押すのは当然代田だ。


 まずは、カレー売り場に案内してもらいパッケージを見比べめながら、あーでもないこーでもないと言っていたが結局、BSゴージャスカレー、ホウス・ジャバザハットカレーこの二つの箱を見比べてどちらを買うか迷っているお嬢様。BSゴージャスカレーはそのゴージャスという名前でお嬢さまが選んだのだろうが、ホウス・ジャバザハットカレーのパッケージの表を見ると、不気味に太ったおっさんがこっちを見ている絵が書いてある。何がいいのかわからないし、誰がこの絵を見てカレーを食べたくなるのかはわからないが、どこかお嬢さまの琴線に触れるものがあったのだろう。どちらにしても高級スーパー越後屋で販売しているちゃんとしたカレーなのだから大ハズレはないはずだ。


「お嬢さま、どちらかに決めかねていらっしゃるなら、二つとも買えばいいじゃないですか。二つをお嬢さまが独自の比率でブレンドすればオリジナルカレーが出来ます」


「代田、あなた最近えてるわね。それじゃあ両方とも買ってみましょ。ねえ、この瓶に入ったガラムマサラって何のことだかわかる?」


「妖刀村正むらまさを持ったガンダムみたいな名前ですな」


「そんなわけないじゃない。何だかすごく辛そうよ。辛みの足しにいいかもしれないからこれも買っときましょ」


「あと必要なのは、お肉と、じゃがいもと玉ねぎね。カレーの裏箱に書いてあるわ。先に野菜から見てみましょうか」


 次は野菜売り場に向かったお嬢さま一行。



「この前のじゃがいもは煮崩にくずれちゃったけれど、煮崩にくずれない方がいいわよね。どのじゃがいもがいいのかしら」


「お嬢さま、売り場の人を探して聞いてまいります」


「それじゃあ、お願い」


……


「メイクインとかいうじゃがいもが煮崩にくずれしにくいそうです。この前使った丸くて少し小さかったじゃがいもはきたあかりと言って潰してポテトサラダに使うとおいしいじゃがいもだったようです」


「ふうん。いろいろあって難しいわね。カレーの裏箱にはじゃがいもの種類なんて書いてないのにね。それじゃあ、メイクインをカートに入れてっと。だけど、さっきはじゃがいもが煮崩にくずれたからとろみが出たけど、市販のカレールウだけでとろみが出るのかしら。宮本の作るカレーライスはどことなく酸味があるのよね。少し赤いんだけどそんなに辛くないし。何か隠し味じゃないけどカレーの中に入れてるのよ。あの味はそうーね。……わかった! あれはきっとトマトだわ」


「それでしたら、ちょうどトマトの缶詰がここに並んでいます。お嬢さまの仰る通り、きっとそうです」


「試しに何缶か買っておきましょ。玉ねぎは、さっきと同じ感じのでいいか。でも、この紫の玉ねぎはどうかな?」


「カレーに紫はちょっと合わないんじゃないですか。それにその紫の玉ねぎは、料理長が作る野菜サラダに入ってませんか?」


「ああ、あれがこれなのか。ふうん」


「それじゃあ、最後にお肉売り場に回ってお肉を買うわよ。霜降りの牛肉は煮込んだらへにょへにょになっておいしそうに見えなかったから、今度は赤身のお肉にしましょ」


「豚肉と牛肉どちらがよろしいでしょう?」


「そうね、牛肉は少し飽きちゃったし、辛いカレーなら鶏肉もよさそうだけど、今度は市販のルーだから豚肉にしようかしら」



 精肉売り場に回って来て、ショウケースの中に並んだ肉の塊を見ながら、


「豚肉もいろいろあるのね」


「こうなっては値段で選ぶしかありませんな。高いのですと100グラム1500円もします」


「へえ、値段なんて気にしたことなかったけど、特にヨーロッパからの輸入物は高いわね。円高が進んでるのに逆に高くなってる気がするわ。それにしても結構値段に幅があるのね。高ければいいってものじゃないでしょうし、値段が高いのはどうも脂身が多いようね、そこの赤身の塊にしようかしら。カレーの裏箱をみると、2つ分で1キロもあればいいみたいよ」


 意外と言ってはお嬢さまに失礼だが、普通に食材を買えることができて胸をなでおろす代田。これなら、出来上がりに大外れはなさそうだ。



「だいたい揃ったようね。それじゃ屋敷に帰ってさっそく挑戦よ」


「夕飯もカレーですか?」


「何か問題でもあるの? それに今日は午後は宮本と新人の佐々木に夕方まで休んでいいって言てるのよ。私が作らなきゃ、みんな夕食抜きになっちゃうわよ」


「それでしたら、わざわざお嬢さまが夕食を作らなくても、どこかの料亭辺りから夕食を届けてもらいましょう」


「代田、屋敷のみんながわたしの作る料理を待ってるっていうのに、あなただけはわたしの作るものが食べられないって言うの」


「滅相もありません。お嬢さまのお作りになる料理でしたらどんなものでもいただきます」


「どんなものってどういう意味よ。とにかく屋敷に帰るわよ」


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