第30話 カレーでしょ2


「それじゃあ、その間にわたしはスパイスを混ぜちゃうわ。すり鉢にすりこ木。……あったわ。最初は大きいものから潰していく方がいいわよね」


 ガラス瓶の中に入っていた赤トウガラシをすり鉢の中に投げいれ、上からすりこ木で捏ねるように潰していくお嬢さま。意外とすり鉢で赤トウガラシの細長い実が砕けていくのが見てて楽しくなってしまい、もうの赤トウガラシをすりこ木で砕いていく。


「あれだけあった赤トウガラシが真っ赤な粉になってしまうと少なくなるのね。もう少し赤トウガラシがあった方がいいかしら」


 さらにの赤トウガラシが追加された。


「トウガラシはこのくらいかな。見た目が赤くてきれいかも。つぎはコショウ。黒白取り交ぜていけばいいわよね」


 いったんすり鉢から真っ赤なトウガラシの粉を大き目のボウルに移し、白、黒の粒コショウを一つかみずつ缶から取り出しすり鉢にいてれ砕いていく。意外とコショウの皮が硬くてすりこ木ではうまくすりつぶせない。


 煮込んでしまえば、コショウのカラもきっと柔らかくなるわよね」


 自分を納得させるのは勝手だが本当に柔らかくなるのだろうか?


「黄色いターメリックとクミンとコリアンダーは最初から粉だから缶の半分くらいずつかしら。あれ、ターメリックがほとんど空だ。ま、ただの色粉いろこのような物だろうからなくてもいいわよね」


 すり鉢には入りきらないのでトウガラシの粉の入ったボウルにそれぞれを入れてかき混ぜて麗華特製、スパイスミックスが出来上がった。


「煮込んでる間にご飯を炊いておきましょう」


「お嬢さま、それでしたら私ができます。何合なんごうくらい炊きましょうか?」


「それじゃあお願い。みんなもたくさん食べるでしょうから、2しょうくらい炊いてちょうだい。足りないと大変だものね」


……


「最初は玉ねぎのみじん切りを炒めていくわよ。炒めれば炒めるほどおいしくなるんですって」


「お嬢さま、玉ねぎを炒めるのを代わりましょう」


「そう、それじゃお願い」


 今回は少しは情報を仕入れていたようだ。それくらいなら最初からレシピを覚えればいいのになどどできる執事の代田は口が裂けても言わないのだ。


「玉ねぎは時間がかかりそうだから、隣で牛肉をフライパンで炒めておくわ」


 軽く火を通した牛肉から、肉汁と牛脂がしたたり、これだけで食べた方が美味しそうだが、できる執事は黙々もくもくと玉ねぎを炒めている。


「お肉はこんなものかしら、玉ねぎはまだまだね。代田、頑張がんばるのよ」


「はい。お嬢さま」


……


 代田が必死になって玉ねぎを炒めている間、横に座ってあくびをみ殺すお嬢さま。そろそろかなと思い代田がかき混ぜる大鍋を覗き込む。


「玉ねぎがあめ色になっていい具合よ。ずいぶん小さくなってしまったけど仕方しかたないわね。これに、いためた牛肉とスパイスを入れて混ぜ合わせば7割がた完成よ」


 先ほど炒めた牛肉をフライパンから大鍋に移し、すり鉢で作っていた赤いブレンドスパイスもその上から投入した。


「ちょっと、赤みがかっているように見えるけれど、こんなものよね」


 かき混ぜながら麗華が一人納得しているのだが、鍋の中ではコショウの黒い粒と白い粒がペースト状になった玉ねぎと軽く焦げ目の付いた牛肉の間に見え隠れしている。


「それじゃ、代田、じゃがいもを入れてくれる。軽く混ぜ合わせて水を足して煮込にこめばカレーのでき上がりよ」


「お嬢さま、待ち遠しいですね」


沸騰ふっとうしたら、あくを取りながら20分くらい煮込みましょ」


……


「霜降り牛は煮込むとずいぶん小さくなるのね。それにじゃがいもが煮崩れて形が無くなっちゃたわ。でもいい感じにとろみが出てるみたい」


「カレーというともう少し黄色いものかと思っていましたがすごく赤くないですか? それに黒い粒々と、白い粒々が一杯浮かんでますがどうしましょう」


「赤いのは仕様しようよ。気にすることはないわ。代田、試しに、黒い粒を一粒食べてみてくれない。コショウの殻が煮込めば柔らかくなると思ったのだけれどどうかな?」


「それじゃあ、ちょっと食べてみます」


 黒コショウの粒をお玉ですくって恐る恐る口に入れる代田。ガリッ!


 「ホー、ホー。お嬢さま、全く柔らかくなっていません。ホー」


 コショウの辛さに顔をしかめて口から息を吐きながら麗華に報告する代田。


「それもアクセントになっていいんじゃない」


「お嬢さまがそうおっしゃるんならそうでしょう。なんだか、上に浮かんでいる赤い油のようなものが特にからそうですね」


「少し辛いかもしれないけど、そろそろ梅雨も明けて夏になるから少しくらい辛い方がいいんじゃないかしら。もうじきご飯も炊けるようだからみんなを食堂に集めてくれる? わたしがよそってあげるからあなたたちは座って待っててちょうだい」


…… 


 代田によって食堂に集められた屋敷の使用人たちが不安な表情で席についている。それというのも、麗華の料理の腕前についての噂に尾ひれがついてみんなが警戒しているのである。しかも今日はカレーだ。まともなカレーが供されると思っているものは誰一人としていない。


 できる執事の代田と厨房を追い出された宮本と新人の佐々木はすでに胃腸へのダメージを最小限に抑えるべく胃腸薬を服用している。経験に学ぶことは必要なことなのだ。いや、すでにこれは歴史なのかも知れない。他の使用人たちにとって残念なのは、歴史に学んだはずの代田が麗華の本格カレーを阻止できなかったことだ。


 フンフン、フンフフン……♪


  厨房の方から麗華の鼻歌が聞こえて来た。


 フンフン、フンフフン……♪


 まさに悪魔の子守歌。割烹着かっぽうぎを脱いだ麗華が鼻歌交じり人数分のカレーライスをワゴンに載せて食堂に現れると、使用人たちが素早く手分けしてテーブルの上にカレーライスを並べて行った。なるべくカレーの量が少ないものを確保するための行動なのでみんな必死である。


「あら、みんなそんなに待ち遠しかったの。お替わりならいくらでもあるからおなかいっぱい食べてね」


 麗華の満面の笑みが逆に怖い。少なくとも一度はお替わりしなくてはならないのでは。目の前の赤カレーから立ち上るいかにもな匂いにも負けず意を決する使用人たち。さすがである。この屋敷にいる使用人たちは麗華に選抜された法蔵院家の次世代のエリートたちなのだ。その誇りがある以上麗華のよそったカレーを完食しないわけにはいかない。


 ……噂に尾ひれがつくのは仕方がないが翼までつける必要があったとは。


 お嬢さまただ一人おいしそうにカレーライスを食べていたのだが、そのお嬢さまもコショウの粒は皿の横によけていたようだ。


 麗華の屋敷でこのカレーを食べた者は麗華を除き全員がたらこ唇になったと言われている。後日、出された食事をお残しをしないことが麗華の屋敷での鉄の掟となったとか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る