第25話 バスケットボール


 今日は、麗華のクラスでは、体育の実技のバスケットボールが体育館で行われる。


 朝食後、いつものように居間でお茶を飲みながら代田に指示を出す麗華。


「代田、今日の体育は女子はバスケットボールだから、出席することにするわ。この前頼んでいた5色のかつらの準備はできてるわよね」


「はい。しかし、かつらなど高校でかぶってもよろしいのですか?」


「うちの学校の校則には、髪の毛を染めてはいけないとあるけど、かつらはいけないとはどこにも書いてないわ。そうでしょ?」


 麗華から生徒手帳を受け取り確認する代田。


「……。どこにも書いてありませんな」


「でしょ、だからいいのよ。もしだめなら、校則をかえればいいだけでしょ」


「おっしゃる通りです。ですが、なぜわざわざバスケットボールの試合でかつらをかぶるのですか?」


「雰囲気よ雰囲気。その方がわたしのやる気が出るの。今日は緑で行くから忘れないでよ。ユニフォームのゼッケンは6番、間違えないで用意してよ」


「かしこまりました」


「お願いね」



 今日の体育の実技が始まった。女子は体育館でバスケットボールの試合を行うので、麗華を除く女子生徒はすでに体育館に集合している。麗華のいる2年A組の女子はちょうど20名。1チーム5人でA、B、C、Dの4チームを作り20分ずつ2試合を行う。麗華は無論Aチームだ、対戦相手はBチーム。A、B、Cの並びならA。1、2、3の並びなら1がお嬢さまに割り振られるよう暗黙の了解が白鳥学園には存在している。


 久しぶりに麗華が体育の実技に参加するというので集合済みの女生徒たちが体育教師を含めて緊張している。


 準備体操の終わるころやって来た麗華が何の意味があるのかわからないが緑色のかつらをかぶり、両手の指には指先を傷めないようにするためか白くテーピングをしているのだ。しかも、着ているのは白鳥学園の指定の体操着ではなく、どこかのバスケチームのユニフォームのように見えるゆったりとした体操着だ。そしてその体操着には大きく6番と番号が本格的に縫い付けられている。


 クラスの中で一人だけ浮きまくっているのだが本人は気にしていない。


 まもなく最初の試合が始まるので、両チームの選手たちがコートの真ん中に集合している中、両手の指先に巻いていたテーピングをゆっくり外し始める麗華。それを体育館脇のゴミ箱に捨ててくる。この間、ゲームは開始できない。やっと麗華が戻って来たので、体育教師がボールをトスして試合が開始された。


 比較的背が高い麗華が珍しくジャンパーかって出て、ボールを簡単に自陣方向にタップした。その際、思った以上に飛び上がってしまい、麗華自身も驚いてしまった。去年の秋から体調もいいし、槍も一気に上達したと思っていたがこういった基礎的身体能力も格段に向上していたようだ。


 空中でボールを自陣にタップした後は、ボールの行方を気にせず、何の意味があるのか相手陣のスリーポイントラインあたりで行ったり来たりしながらふらふらしている。そうこうしているうちに自陣では味方四人に対し相手方五人で攻められ、結局シュートを決められ0対2。


 ここで味方のスローイングに対し麗華が手を振りながら初めて声を出す。


「山田さん、パス頂戴ちょうだい!」


 スローイングする味方選手の名前は決して山田ではないのだが、麗華はクラスメートの名前をだれ一人覚えていないため適当な名前だ。それでも意味は通じたらしい。


 だいたい、教室でも、クラスメートに対する二人称は、山田、田中、鈴木、山本。この4つに「さん」か「くん」を付けて適当に使い分けているだけである。一日の中で同性五人以上に話しかける必要がある場合、5人目からはA、B、Cと続く。同級生に対してAさん、Bくんはないだろう。


 相手チームの選手たちは必死に麗華のいるところまで戻ろうとするが、麗華に投げられたボールに追いつけない。そんな中、パスを受け取った麗華が、軽く後ろ向きで意味もなくドリブルし一度大きく床でバウンドさせたボールに軽く下から手を添え、そのままスリーポイントラインの外からシュートを放った。大きく弓なりに放物線を描いたボールがバスケットのリングの真ん中を通過して3点得点。3対2。


 麗華にしてみると、ここのところやけに体が軽く感じるのでドリブルしながら勢いをつけてスリーポイントラインの外から思いっきりジャンプすればダンクシュートも出来そうな気もしているのだが、今日のコンセプト・・・・・に反するので幻のスリーポイントダンクは試していない。


 麗華は相変わらず、相手陣の近くに張り付いて自分にロングパスの来るのを待っている。そして案の定シュートを決められ3対4。そして、またしても田中(仮)さんからロングパスを貰った麗華がスリーポイントシュートを決めて6対4。


 同じような展開が続くと相手チームも麗華へのロングパスを阻止しようとするのだが、一瞬の動きで相手選手をかわしてボールを受け取り、そのままスリーポイントシュートを決めてしまう。鈴木(仮)さん、山本(仮)さんからもパスを受け取ったので、本日の女子生徒の名前は売り切れてしまった。このあと麗華が名前を呼ぶ必要のある女子生徒が新しく現れた場合は、その女子生徒から順に麗華からAさん、Bさんと呼ばれることになる。

……

「整列、24対16、Aチームの勝ち」


 結局麗華のスリーポイントシュートと相手方のツーポイントシュートとの差で勝敗が決まってしまった。



 体育実技の後半は、CチームとDチームの対戦。先ほど試合の終ったAチームとBチームはコートの外に座って試合を観戦しているのだが、もちろん麗華はAさん、Bさん達の試合には興味がないので自分の試合後は体育館から更衣室に行きすぐに着替えを済ませて教室に帰っている。


「代田、今日のバスケは面白かったわ。次のバスケットの実技は幻のシックスマンでいくから、用意しておいてね」


「???」


 上機嫌の麗華に対して、何を用意するのか皆目かいもく見当もつかない代田だった。


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