第23話 ファミレス


 ピンポーン。「いらっしゃいませ」


 アルバイト先のファミレスでホール係をしている花太郎。入店したお客様を席に案内して注文を聞きそれをキッチンに伝える。今日は休日なのだが、午前中の部活を終え午後からのシフトに入っている。


 ここでは接客業として致命的な目つきの鋭さ(悪さ)を隠すため、黒ぶちの伊達メガネを掛けている。花太郎の見た目はこの伊達メガネ一つで街のチンピラから一気に秀才少年にランクアップするのだ。まさに必須アイテム。一度、必須アイテムをアパートに忘れてシフトに入ったことが有ったが、すぐに店長に呼び止められ往復30分かけて取りに帰らされてしまった。


 いまでは、ちゃんと自分のロッカーの中に仕舞っているので忘れる心配はない。今まで学生のアルバイトを禁止していた白鳥学園だったが、つい先日の理事会で学生のアルバイトが解禁された。学校に届けさえすればアルバイトをしても良くなったのだ。


 というわけで、今では後ろ暗い思いもせずアルバイトに精を出す花太郎である。まさか、自分の為に麗華が学校の規則を変更してしまったとはさすがに思わない。ただ単純に気兼ねなくアルバイトできると喜んだだけである。


 ピンポーン。「いらっしゃいませ」


 次に入って来たお客様を案内しようとファミレスの玄関口に来てみると、白鳥高校の制服を着た女生徒の二人組。花太郎にはどちらも面識はなかったのだが、制服の二人組の方は違ったようだ。


「あれ、爺咲(やざき)君じゃない?」


「そうよ、眼鏡かけてるけど、爺咲君よ。ネームプレートにも爺咲花太郎って書いてあるし」


 自分を知っていようがいまいが、花太郎にとってはただの客。普通に接していれば何も問題ない。


「あのう、お二人様ですね。それでしたらこちらへどうぞ」


 二人は自分たちを知らないそぶりの花太郎に対し、アルバイトをしているところを知人に見られたくないのだろうと勝手に解釈して、その後はただの客としてふるまい始めた。


「……ご注文は以上ですね」


 注文を復唱して、キッチンに伝えに戻る花太郎。



 花太郎の後ろ姿を見ながら、ひそひそ話始める白鳥高校の女子生徒二人組。


「やっぱり爺咲君だったよね。眼鏡かけてると、秀才顔になるのね」


「この前の中間試験の結果も爺咲君順位に入ってたじゃない。たしか20位以内だったはずよ」


「わたし、見直しちゃった」


「後ろから見ると、爺咲君結構足長いのね」


「剣道部の友達が言ってたけど、剣道部で実力ナンバーワンのホープだそうよ」


「そうなの。見た目も良くて、秀才、しかもスポーツマン。掘り出し物の優良物件じゃない」


「だよねー。彼女がいないなら、わたしが立候補しようかしら」


「ええー。わたしが先に立候補するー」



 なんだか騒がしいテーブルに、注文の料理を届ける花太郎。


「ご注文の……です。ごゆっくりどうぞ」


 二人の見つめる視線に気付かず、注文の品をテーブルに並べて置いていく。



 ピンポーン。


「いらっしゃいませ」


 すぐに次のお客様の応対に店の玄関口に駆け付ける。


 花太郎が玄関口に駆け付けると、またも白鳥高校の制服を着た女生徒の二人組。この二人とも面識がない。この二人は先ほどの二人と違って花太郎のことは知らないようだった。これまで、白鳥学園の生徒がこのファミレスに来ることは有っても数えるほどだったが今日は珍しく白鳥学園の生徒がよくやってくる。


「今の人カッコよかったわよね」


「わたし頭の良さそうな人がタイプなの」


「わたしも」


「今度から、休みの日にはこのファミレスに来よ」


「わたしも、来ようっと」


 何だか、麗華お嬢さまの知らないところで、妙に花太郎のファンが増えていくのだった。



 ピンポーン。「いらっしゃいませ」


 次に入って来たお客様は、小さなキャリーバッグをひいた二十歳はたちくらいの女性だった。ポニーテールに後ろでまとめた黒髪の彼女を花太郎はどこかで見たような気がしたが定かではない。


 その女性を、テーブルに案内してグラスに入った水を置き注文をとる。


「サーロイン250グラムとライス大盛。オニオングラタンスープとシーザーサラダをお願いします。あと、ソーセージの盛り合わせとフライドポテトで」


 細身でどこにそんなに入るのかというほどの注文なのだが、疲れたような見た目に反して食欲はあるようだ。店にとっても客にとっても結構なことである。


 花太郎が復唱する注文に生返事で答えた彼女は、無くさないようにと首から吊るしたスマホの地図アプリとにらめっこを始めてしまった。


 ……


「ご注文のオニオングラタンスープとシーザーサラダそれにソーセージの盛り合わせとフライドポテトです。サーロイン250グラムとライス大盛はすぐにお持ちします」


「あのう、店員さん」


「いかがなさいましたか?」


「ここから、東京駅に行きたいんですけど、どうやって行けばいいかわかりますか?」


「えーと、それでしたら、店を出て正面の通りを左に50メートルほど行きますと地下鉄駅がありますからそこから東京駅まで1本で行けますよ」


「あのう、地下鉄以外ではだめですか?」


「店の前の通りにすぐバス停はありますが、東京駅行は大回りしますからお勧めしません」


「そうですか、やっぱりタクシーに乗るしかなさそうですね。ハハハ」


 力なく笑うお客さまと首をかしげる花太郎。


 食事を完食して、会計を済ませたお客さまの後ろ姿が何だかうら寂しい。片づけをしようとテーブルに戻ってみるとさっきのお客様がキャリーバッグを忘れたようだ。慌てて、後を追うとまだタクシーを捕まえていなかったようでキャリーバッグを手渡すことが出来た。しきりに頭を下げて礼を言う女性に、気にしないで下さいと言って仕事に戻る花太郎。


 花太郎はファミレスのホール係を始めていろいろ変わった人を目にしてきたが今のお客さまもそのうちの1人だったと思い、すぐに忘れてしまった。




 麗華と代田を乗せたリムジンが国会議事堂近くの通りを通過していく。休日の今日、所用で出かけた折、ふと思いつき寄り道したのだ。


「国会議事堂の真上なのよねアギラカナの宇宙船」


「きっちり100キロ上空に停止してるそうです。……お嬢さま、先ほど車が通り過ぎたときに立っておられたのは、無想琴音どのではありませんでしたか?」


「琴音さんは、いまは関西の大学で竹刀を振ってるんじゃないの」


 どうでもいいように麗華が答える。


「そこに、……今見えなくなりました」


 麗華の向かいに座り後方を向いている代田が窓の外を指し示す。


「なにやら道に迷っている雰囲気でしたので、琴音どののような気がしたのですが」


「もしそうなら可能性は高いけど、見なかったことにしましょ。後が面倒だもの。琴音さんはいい人なんでしょうけど、どこに行くにもくっ付いて来て、手を握ってくるのよね。言っては何だけどかなりうざいのよ」


 琴音が人の手を握るのは、単に迷子になりたくないからなのだが、麗華はそんなことは知らないのでひどい言いようである。



 花太郎のアルバイト先のファミレスから、タクシーに乗って東京駅に向かったはずの無想琴音が、なぜかで国会議事堂前の通りを歩いていた。これではもはや徘徊老人である。明日は連休明けで大学の授業も始まる。午後の陽も陰り始めて来た。ここでついに琴音は自力帰還を断念。首から下げたスマホの救難アプリを起動し、助けを呼ぶことにした。


 夕日に染まるなか3時間後に救出された琴音は、無想家の執事に連れられて新幹線で無事に関西に帰って行った。



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