第21話 火星降下訓練
[まえがき]
この回は、本編、
第34話 閑話。火星降下訓練、首都制圧演習 とほぼ同じ内容です。異なるのは、最後の麗華の感想あたりからです
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アギラカナ宇宙軍陸戦隊の戦術単位は、通常1個連隊であり、強襲揚陸艦の攻撃機部隊と連動することで1個連隊で惑星制圧は可能と考えられている。
連隊は通常、1個あたり800名の陸戦隊員を擁する4個大隊で構成され、1個大隊は4個中隊、1個中隊は4個小隊、1個小隊は4個分隊で編成される。1個分隊は12名の陸戦歩兵で構成され、陸戦歩兵1人当たり最大12機の無人支援兵器が随伴する。大隊800名のうち、16名が大隊司令部要員、残り16名が作戦時の分隊欠員への補充要員となる。
今日、降下訓練を行うのは、東京上空100キロに滞空する強襲揚陸艦AA-0001に搭乗する陸戦第1連隊所属の第1大隊800名である。
AA-0001は東京上空から動かすことが出来ないため、今回の降下訓練には、アギラカナよりH3級強襲揚陸艦2番艦AA-0002が、降下訓練に参加する陸戦隊員の運搬用に参加している。アギラカナでは現在錬成済の陸戦隊員が不足しており、AA-0001も、現在1個大隊欠員の3個大隊が搭乗するのみで、AA-0002に至っては、保安要員の陸戦隊員が搭乗するのみである。
「第1大隊、状況開始します」
アインの状況開始の声で、休憩室の照明が少し落とされ、正面のスクリーンに火星の赤茶けた表面が映し出された。麗華も代田も声もなくスクリーンを見つめている。むろん一条も一緒だ。今東京上空に居座っている宇宙船の他に同じものがもう一隻火星の軌道上にいることは意識が向かなかったようだ。
強襲揚陸艦AA-0002から銀色に輝く分隊降下ポッドが一斉に発射された。
「降下が始まりました。
分隊降下ポッド1基で分隊12名と分隊員に随伴する全支援兵器が一度に降下できます。通常作戦時は光線兵器に対抗するためステルスモードで降下突入しますが今回は訓練のため目視可能な状態で降下しているようです」
スクリーンを前にして、元陸戦隊曹長のアインが解説する。
「今回の降下は、降下時間を短縮し破壊漏れの惑星拠点からの反撃を受けにくくするため、比較的低空の惑星上空20キロから実施されます。
陸戦1個大隊を構成するのは4個中隊で1個中隊は16個分隊で構成されますので、64個分隊、分隊降下ポッド64基による降下です。今回の
無音のスクリーンの中で、高速で地表に突入した降下ポッドが巻き上げた褐色の粉塵の中から鈍い銀色の装甲服を着た陸戦歩兵が両手に小銃型の実体弾投射機を持ち散開していく。その陸戦歩兵一人一人の頭上および周辺には同じく銀色に輝く無人支援機が多数随伴している。
「各分隊が、制圧目標に向かい進撃を開始しました。今回の演習での制圧目標は、C国首都を想定していますので、各陸戦歩兵のヘルメットに内蔵されたバイザーにはC国首都を含む周辺の状況が仮想的に映し出されています。
最新の情報に基づき、C国首都周辺にC国軍20個師団相当が展開中との想定です。第2中隊が首都南東、第3中隊が首都南西に降下展開完了したようです。第2、第3中隊は散開しつつ、第4中隊が直接C国首都中央部に降下し抵抗を排除し首都制圧を進めていきます。
北に回り込んだ第1中隊が、事前攻撃を免れたミサイル基地と思われる軍事拠点を完全破壊後、敵残存部隊を掃討しています」
淡々とアインの説明が続く。
「1人の陸戦歩兵には、近接戦闘用として6機の4足歩行型の無人支援兵器、遠距離攻撃および気層、液層中の装甲拠点撃破用に8足歩行型の大型無人支援兵器が2機、上空より監視用に球型支援兵器が4機随伴しています。
それでは、陸戦隊員たちがバイザー越しに見ている戦闘状況をスクリーンに映します」
無音であるため、見ている分にはさほどの移動速度ではなさそうだが、対比物とすれ違うとかなりの速度で陸戦隊員たちが進撃していることが分かる。
「スクリーン右下が周囲の状況を表しています。今は分隊モードですので青い点が所属分隊の位置、緑の点が味方の位置、赤い点が戦術目標を示しています」
青い点と緑の点が1方向に移動し、移動先の赤い点が点滅するとすぐに消えていく。
「次は分隊モードから、大隊モードに代えてみましょう」
1つの青い点の塊が首都を示すらしい区域の中心部から、周囲に向かって広がり始め、首都の周囲を囲むように展開していた3つの青い点の塊が、首都方向と外側方向に広がっていっている。赤い点はまだかなり残っているのだが首都中心部には赤い点はすでにない。
さきにアインが解説した通り、4足歩行型の無人支援兵器が6機と8足歩行型の大型無人支援兵器が2機、陸戦歩兵を囲むように展開し、その頭上に4機の球型の支援兵器が飛び回っている。煙を上げる瓦礫の中からたまに銃弾が発射されるのだが、打ち出された銃弾が頭上で飛び回っている球型の支援兵器が発する光線兵器によって撃ち落されていき陸戦歩兵に届く弾丸はない。しかもすぐに発射点が特定され高速で移動可能な4足歩行型の無人支援兵器の鎌の刃先のような形をした近接武器で蹂躙されてしまう。
陸戦歩兵は周囲に展開する支援無人兵器の操作が主任務なのだが、たまに両手で構えるライフル銃のような形をした実体弾投射機から実体弾を発射し大型の遮蔽物などを破壊している。発射された実体弾自体はもちろん目視出来ないのだが、その通過跡が陽炎のように揺らめくので実体弾が発射されたことが分かる。今発射された実体弾の着弾先がビルの基部だったらしく、そのビルが噴煙を撒き上げながら下に向かってゆっくりと崩落を始めた。前方、側方、いたるところで噴煙が立ち上り多数のビルが倒壊していることが分かる。無音で破壊されていく都市の姿に麗華たちいわゆる部外者の3人は圧倒されてしまった。
「今回のような気層や、液層では、環境破壊につながる高出力の光線兵器や熱破壊兵器の使用は極力避けて、物理破壊兵器を用いて制圧を進めていきます」
……
「地球上の兵器で陸戦歩兵の装甲服を抜くには10メガトン以上の熱核反応の直撃が必要ですがそういった兵器は事前に、悪くとも精密探知の有効距離に入り次第破壊出来ますので実質地球上の兵器では作戦中の陸戦歩兵の撃破は不可能です」
……全戦術目標、撃破ないし占拠完了しました。状況終了したようです」
スクリーン右下の状況表示から最後の赤い点が消え、淡々としたアインの説明が終わり、最後にスクリーンに訓練を総括した数字が表示された。
戦闘結果:
被撃破陸戦隊員 :0/800
被撃破無人支援兵器:0/9216
戦術目標達成率100%
経過時間:23分20秒
「来週、再来週と、第2、第3大隊による演習が順次行われます。第2大隊の戦術目標はR国首都制圧、第3大隊の戦術目標はA国首都制圧となっています」
山田を除く日本人三名はさすがにアギラカナの軍事力に驚いたようだ。仮想現実と組み合わせた降下訓練だったがそれでもインパクトは有った。アギラカナなら実際可能なのだと十分見ている者に伝わったことだろう。
クッキーを食べ終え休憩も終わり秘書室のスタッフが執務室に戻って行ったのを潮時に麗華たちも暇を告げ大使館を後にすることにした。
帰りの車の中で麗華と代田がアギラカナ大使館でのことを振り返っている。
「アギラカナの人達が本気になったら凄いのね。SF映画でよく宇宙人の侵略ってあるけど、あんなのはほんと生易しかったのね。隣国の首都制圧の演習だなんて日本じゃ考えられないわよ。今まで、アギラカナは直接的な武力を世界に示していないからアギラカナを甘く見てる国もあるみたいだけど、さっきの映像を流してやったらおもしろそうだわ」
「私も驚きました。訓練風景も驚きでしたが、山田代表の執務室にいらした方々、どの方も私では太刀打ちできそうにありませんでした。しかも、よく訓練されているようで、私と山田代表の直線上に必ず、誰かが割って入れる位置に居りました」
「あの部屋で働いていた人達全員が山田代表の護衛ってわけね」
【補足説明】
アギラカナ宇宙軍
H3級強襲揚陸艦AA-0001
東京上空100キロに滞空する巨大宇宙船。惑星制圧を主任務としたアギラカナ宇宙軍陸戦隊に所属するH3級船殻を有する大型艦。搭乗する陸戦隊は現在1個大隊欠員で、3個大隊2400名の陸戦隊員が搭乗している。地球の多くの人はこの艦をアギラカナだと思っている。本編で山田が苦心の末個艦名を付けた1艦。艦名はブレーザー。本編前半では命名艦がもう2隻登場する。
H3級船殻
船殻とは中性子過多の超高密度素材でできた宇宙船の船体外装。形成後の船殻は加工できず、通常の攻撃では破壊不可能。H3級は1辺360メートル、長さ3600メートルの正6角柱型の船体形状を示す。
アーセン人
宇宙船アギラカナを作ったとされる宇宙人。現在は滅亡していると考えられている。
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