第20話 駐日アギラカナ大使館3


 アギラカナ大使館の各階は一般のオフィスビルと比べ天井が高い。特にアギラカナ専用階の8、9、10階の天井は見上げるほど高くできている。内部に大型機械を多く抱えているためだ。アギラカナ大使館ビルは、宇宙船仕様なため完全に外部と遮断されても、空気、水、は循環再生し、エネルギーも戦闘を行わなければ数百年単位で自給できる。雨水が利用できるならばほとんど無限だ。食料についてもチューブに入った栄養食のみではある循環再生可能だ。


 ただ、食料の循環再生については深く考えない方が良いと言われている。


 いま、一条が麗華たちを山田圭一アギラカナ代表に引き合わせている。


「山田代表、こちらが今クルーズ宇宙船の内装を手掛けていただいている大神造船の社長で、クルーズ宇宙船の運営会社ソーラー・クルーズの社長でもある法蔵院麗華さんです。隣の方は、法蔵院さんの秘書の代田さんです」


 代田はこういった公式の場では麗華の秘書ということになっているのだ。


「で、こちらは、ご存じミスター山田ことアギラカナ代表の山田さん」


 一条が自分でミスター山田というのは問題ないらしい。


「法蔵院麗華と申しますよろしくお願いします」


「代田です。よろしくお願いします」


 麗華と代田が揃って頭を下げる。


「アギラカナ代表の山田です。硬くなる必要はありませんよ」


「そういえば、法蔵院さんにお土産を頂いたんですよ」


 それを聞いて代田が抱えていた包みを一条に渡す。


「なんでも法蔵院さんが自分で作った自慢のクッキーですって」


 そういいながら包みを開くと形の整った立派な梅干しが周りを囲んだ直径30センチほどの円盤が現れた。それが輪っかにされた紙製の仕切りで3段に重ねられている。最初に聞いたときはクッキーだと聞いたはずだがこの円盤がクッキーなのだろうか? 作った本人がクッキーと主張すればUFOでもクッキーに成れるのか?


 ここで、一条は思考を停止して、後は先輩山田に任せることにした。一条の山田圭一に対する二人称は、対外的には山田代表なのだが、普段は先輩と言っている。


「ほう、それはわざわざありがとうございます。量が有りそうですし、せっかくなのでみなでいただきましょう。

 アイン、ここじゃあなんだから隣の休憩室でみんなでいただこうか」


 自分以外誰も謎の円盤UFOに違和感がないことに逆に違和感をおぼえる一条。自分は既成概念にとらわれすぎなのではとも反省する。しかし直径30センチの円盤の上に梅干しがぐるりと乗っかった物体をクッキーですと言われ違和感を感じる方が人として普通なのではないかとも思う。


「艦長、それではお菓子を人数分に切り分け休憩室に紅茶を用意しますね」


 そう言って一条から包みを受け取り執務室を出ていくアイン。


 麗華と代田は、アインが山田のことを艦長と呼ぶのを不審に思っていると小声で一条が麗華に説明してくれた。


「山田代表は自分のことをここでは艦長って呼ばせてるの。みんなの着てる服もそれっぽいでしょ。中学生じゃあるまいし、ちょっと痛いわよね」


 山田も含めまわりのみんなに聞こえているのだがいいのだろうか? アギラカナ大使館には硬い雰囲気は微塵もなくここは麗華の想像以上におおらかな職場なのかもしれない。


 ぞろぞろとみんな揃って隣の休憩室へ移動すると、休憩室の正面には大スクリーン、部屋の中には大き目の長テーブルが何個か並んで置いてあり、ゆったりした椅子がそのテーブルを囲んで置いてある。全部で15人ほどが部屋に入って思い思いに席に付いてくつろいでいる。そこにワゴンを引いてアインが現れ、各自に紅茶と切り分けられたクッキーを載せた銘々皿を配って行った。


「アイン、きれいに切り分けられたな。かなり切りにくそうだったがな」


 山田がアインを褒める。


「30センチほどの円盤型をしたクッキー?を包丁で切るにはクッキーの厚みが有り砕けてしまいそうでしたので陸戦用振動カッターで切り分けました」


 麗華の超高硬度ディスク型クッキーはアギラカナの技術の前に敗れ去ったのだった。


「それじゃあみんないただこうか。法蔵院さんごちそうになります」


 ガキッ、ゴリッ、ガリガリ。部屋のいたるところから食べ物を食べている音とは思えない音が響いて来る。


「……ガリゴリ、ゴリ、ゴクッ。このクッキー、少し硬いようですが、なかなか癖になるというかおいしいですね。

 軽く焦げ目の付いた梅干しの香りもこうばしいし塩味も良く合ってる。

 一条、これなら商品化できるレベルじゃないか?」


 一条、麗華、代田の3人は硬すぎて歯がたたず早々に食べるのを諦めてしまっているのだが、本当においしそうに山田以下アギラカナの面々がクッキーを食べている。自分たちの持参したお土産を喜んで食べてもらえて何よりではあるが、麗華と代田は冷めてしまった梅干しクッキーがここまで硬くなるとは知らなかったので少し複雑な気持ちだ。アギラカナの人はやはり少し地球人離れしているようである。


「一条、この前のAMRへの視察で入った土産物屋で地球つき見団子を売ってたけどあまり売れてなかったって言てたろ。このクッキーなんか置いたらどうだ。どこにも売ってなさそうだし、案外いけるんじゃないか?」


「それはいいかもですね。麗華ちゃんどう思う?」


「私の作ったものがお役に立てるのなら嬉しいです。今は持ってきていませんが。中に梅干しを入れたまんまるのびっくりクッキーもあるんです。AMRで売るんでしたら表面に月のクレーターなんか模様に入れたら流行るかもしれませんね」


「それは、なおよさそうだ。一条、ちゃんと法蔵院さんと契約して月で売り出そう」


「麗華ちゃんあとで実物見せてね」


「はい、一条さん」

 


「艦長、そろそろ陸戦隊による火星での降下訓練が始まる時間です」


 アインが山田に耳打ちする。


「もうそんな時間か。どうせなら、ここでみんなで訓練の様子を見よう。一条もいるし、法蔵院さん達も興味があるだろう。

 これから、うちの陸戦隊の訓練が始まるんですが、一緒に観戦しますか? なかなか見られるものではありませんよ」


「は、はい。ぜひお願いします」


 これまで一度も、アギラカナの本格的な武力行使を訓練とは言え見たものは地球上にはいないのだ。もちろん麗華も興味がある。


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