第16話 中間試験


 早朝からの槍の鍛錬たんれんを終えた麗華は汗をシャワーで流し、朝食をしっかりった後、今は食後のお茶を楽しんでいるところだ。今日の朝食は、鮭の切り身に出汁の良く利いた厚焼き玉子と豆腐の冷ややっこ、麗華の要望で昨日の残りの筑前煮ちくぜんに。それになめこの味噌汁とトマト大盛りの野菜サラダだった。


 料理長の宮本の作った筑前煮は格別においしく、代田はなんとかお嬢さまが筑前煮ちくぜんにに挑戦するのを阻止できたことを心の底から喜んだ。他の使用人たちからもさすがは次席執事と尊敬の眼差しを受けている。


「お嬢さま、お茶のお代わりはいかがでしょうか?」


「いえ、もう結構よ」


「今日から中間試験ですので、白鳥学園に少し早く着くようにいたしますか?」


「そうね。8時50分ぐらいに教室に着くようにしましょう。試験のある今日と明日はそのようにね」


「かしこまりました」



 いつものようにリムジンを白鳥学園の正門前に乗り付けた麗華は、彼女の登校を待っていた二名のガードマンに会釈えしゃくをして校舎に入っていく。


 麗華が、音を立てないよう試験中の教室に入ると、生徒たちは下を向いて一生懸命答案を書いているところだった。


 代田も試験中は遠慮して教室の入り口で控えているので、かなり重いロココ椅子は麗華が自分で引いて位置を微妙に調整しながら着席した。


 麗華のロココ机にも問題用紙と答案用紙が配られているので、代田から手渡されたカバンの中から筆入れを取り出し、机の上に置いて中から尖った鉛筆を1本とってさっそく問題を解き始める。


 裏返して置かれた問題用紙をめくるまで、どの教科の試験なのか知らなかった麗華だが、どの教科であれ試験前の準備など不要な彼女には区別はないので、20分ほどで答案を書き終えた麗華は一度軽く見直した後は目をつむって試験終了の合図を待っている。そうしていると、試験担当の教師がやって来て答案を回収してくれるのだ。


 今日の試験は午前中の四教科だけなので、最後の四科目目の試験の答案を書き終えた麗華は、これまでの試験同様軽く答案を見直し、試験終了の20分前に教室を出て帰宅してしまった。



 午後からは、先日立ち上がったばかりの麗華が社長を務める太陽系クルーズ宇宙船の運営会社ソーラー・クルーズの役員会に出席する予定である。


 学校が午前の半日で終わることが早くから分かっていたので、役員会の開催を今日にずらしていたのだ。今日の役員会には副社長の一条アギラカナ代表特別補佐官も出席するので、せっかく作った自慢のクッキーを渡せるのが楽しみである。




 麗華は、その日の午後ソーラー・クルーズ役員会を無事に終えた後、びっくりする出来事があったのだが、何事もなかったように翌日二日目の試験を迎えた。


 その日も前日同様に試験は午前中の四教科だけだったので、最後の試験を終えた麗華は、前日と同じく試験終了の20分前に教室を出て帰宅してしまった。



 二日後。


 今日は中間試験の成績発表の日だ。発表は休み時間中なので多くの生徒が見守る中、模造紙に書かれた順位表が校庭の掲示板に張り出されていく。


 8教科の合計点で順位付けされており、名前が書きだされるのは上位50位までで、順位順に名前が並んでいる。3年生からは理系と文系に別れるので主要教科もそれぞれ異なる。そのためあくまで参考数値と言われているのだが、生徒たちにとってはやはり学年順位は気になるようで、大勢の生徒たちが掲示板を取り囲んでいる。8教科とも100点が満点なので、合計点の最高は800点である。


 最初に3年生の順位表が張り出され、見守る3年生たちから歓声やため息などが上がる。


 次は2年生の順位表。


 2年生、1位、800点法蔵院麗華。多くの生徒たちからため息とも何ともつかないような声が漏れる。2位、775点……。


 もちろん麗華にとっては中間試験の結果などどうでもよいことなので、今回の試験結果の発表もいつも通りスルーしている。というか、そもそも麗華は休み時間中に校庭に出たことは今まで一度もない。


 今回を含め、麗華はこれまで全ての中間、期末の定期試験で全教科満点を維持している。したがって順位はこれまですべて1位。


 理論的には同点1位ということもありうるが、今のところ麗華の他に全教科満点を取った者は白鳥学園開校以来いないようだ。


 これまで麗華の答案が模範解答と異なる場合が何度かあったが教師がもう一度模範解答を見直すとすべて模範解答の方が誤りだった。


 他の生徒は制限時間一杯を使って試験に臨む者が多いのだが、麗華は試験の答案を書き終えるのが非常に速い。たまに遅くなることが有るが単純に答案に書くべき字数が多いときだけである。字数が少なくて済む教科では異常に早く答案が書きあがる。


 麗華にとっての学校の試験とは問題の答を書き写す作業をしているようなものなのである。恐るべし。麗華本人にとっては無意味な試験の2日間なのだが定期試験という学校行事を進んでボイコットする必要もないので試験に臨んでいるのが実情だ。


 麗華と同学年の2位以下の生徒は麗華がいる限り決して1位になれないので、学校側は他の生徒のモチベーションを保つため、麗華の試験免除を真剣に考えている。


 授業中には後ろの方で紅茶を飲みながら好きな本を読んでいるだけなのだがまじめに授業を受けている生徒には申し訳ないと麗華が思っているかどうかは定かではない。多分なにも思っていないだろう。



 一方こちらは爺咲花太郎やざきはなたろうの試験結果の発表。2年生の順位表に続いて1年生の順位表が掲示板に張り出されていく。


 1年生、1位、……。……。12位、755点爺咲花太郎……。


 何気に爺咲花太郎も剣道部の部活とバイトで勉強時間が限られる中、成績は優秀なのである。この1年生にとって初めての定期試験の結果、目つきの鋭いわるい花太郎のことをこれまでは不良ではないかと距離を取っていた1年B組のクラスメートたちの花太郎を見る目が少しだけ良い方向に変わるかもしれない。



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