第14話 麗華、料理に挑戦2、お菓子編2


「それじゃあ、ボウルに材料を入れて混ぜていきましょう」


「お嬢さま、お菓子作りは重さなどもきっちりはかりで計ってレシピ通りに作らなければいけないと聞いたことがありますが」


「代田、何言ってんの。格闘術を極めた代田の名が泣くわよ」


 料理と格闘術の関連性について首をかしげる代田をよそに、麗華は強力粉きょうりきこの入った袋をボウルの上に持っていき中の小麦粉をボウルの中に無造作に振り入れていく。


「この袋は1キロ入りだからこのくらいかな」


 結局強力粉の中身が2袋分ボウルに入ったようだ。


「次はバター。1かたまりが200グラムだから4つくらいでいいわね。代田、あなたバターが柔らかくなるまでそこのすりこ木でバターと小麦粉を混ぜながら練ってくれる」


 ボウルがぐらぐらするので片手でボウルを押さえて片手で大き目のすりこ木を使い一生懸命バターを小麦粉に練り混ぜる代田。これは一般人ではとてもできない重労働なのだがこの程度は鉄人代田にとって朝飯前である。


 ……


「お嬢さま、こんなところでどうでしょう」


「いい感じよ。次は砂糖と玉子ね。砂糖はこのくらいでいいか。でも疲れた体には甘い方がいいわよね」


 フンフン、フンフフン……♪ 鼻歌交じりに砂糖と玉子をボウルに入れるお嬢さま。


「あら、ボウルにいっぱいになっちゃった。これじゃあ混ぜにくそうね。代田、もっと大きなボウルを出してくれる」


 ……。


「ふー。なんだかべっちょりしてるけど、こんなものかしら。あとは平たく延ばして型抜きね」


「お嬢さま、のし板と麺棒が有りましたからこれで生地を伸ばしましょう」


「いいのがあったわね。それじゃあ代田、あなたは生地を延ばしておいてくれる。わたしは、型抜きの型を探しておくわ。代田、のし板の上にふり粉を撒くのを忘れないでよ。

 ……、えーと、ハートマークの型が欲しいんだけど見当たらないわね。仕方ないからボウルをひっくり返してそれで丸く型に抜きましょ。大きい方が見栄えもいいんじゃないかしら」



「お嬢さま、こんな感じに生地を延ばしましたがいかがですか?」


「あら、ずいぶんと厚いのね。でもいい感じよ」


「なにぶん量が量でしたので厚くなりました」


「それじゃあ型抜きするわね」


「お嬢さま、そのボウルで型抜きですか?」


「そう。大きいことはいいことなの」


「それだとピザになりませんか?」


「わたしがクッキーって言てるのにピザになるわけないじゃない。でもチーズをのっけたらいいかも」


 ……。


「代田の言うように出来上がってみると思った以上に大きいわ。でも、上に梅干しを沢山たくさんのせられるから好都合だわ」


「お嬢さま、型抜きして残った生地はどうします?」


「そうね。何個かに丸めておいてくれる。中に梅干しを入れたらびっくりクッキーができてきっとおいしいと思うわ。できたらお父さまにも持って行ってあげよ」


 フンフン、フンフフン……♪


「お嬢さま、イチゴをのっけたケーキみたいですね」


「周りに丸く梅干しを並べたからきれいでしょ。それじゃあさっそく焼いてみましょ」



 オーブン皿にクッキーの生地を直接・・乗せて、オーブンの中に入れていく。


「うちのオーブンけっこう小さいわね。これだと1度に3枚しか焼けないわ」


「器具を購入するとき、お嬢さまのクッキーは想定外だったのでは」


「そうかもしれないわね。代田、『燕雀えんじゃくいずくんぞ鴻鵠こうこくこころざしを知らんや』って言葉があるの。意味はね、器の小さい人には器の大きな人の気持ちはわからないってこと。もう少しわたしの気持ちを理解しておいてほしかったわ」 


「申し訳ありません」


 オーブンうつわが小さかったことがよほど気に入らなかったらしいお嬢さまに一応謝っておく割烹着かっぽうぎ姿の代田。


「代田に言ったわけじゃないから気にしなくていいわよ。それでオーブンは何度にセットすればいいと思う? 麺だと沸騰した100度のお湯に入れるから、100度もあれば十分なんじゃないかな?」


「100度だと、かりっときつね色にはならないんじゃありませんか?」


「代田の言う通りね、それじゃあ200度にしましょう」


「一気に100度から200度ですか?」


「わたしは切りのいい数字が好きなの。110度とか120度なんてなんだかみみっちいじゃない。時間は中を見ながらでいいか。最初は10分で。それじゃあいくわよ」


 ……。


 チーン。


 オーブンの中を覗いたお嬢さま。


「10分経ったけど、まだみたいね。それじゃあもう10分」


「お嬢さま、オーブンのここに予熱と書いてありますが何のことでしょう?」


「さあ、何なのかしらね。別に問題なく焼けてるみたいだからいいんじゃない。代田も細かいこと気にしすぎよ。もうすぐ還暦なんでしょ、大らかに生きなさいよ、大らかにね。いちいち細かいことを気にしてちゃはげるわよ」


 ……。


 チーン。

 

「もう10分経ったわ。中の様子を見ると、きつね色に焼けてるみたいでちょうどよさそうよ。代田、あなたどう思う?」


「いい匂いも漂ってきましたし、ころあいじゃないですか?」


「それじゃあ取り出して、一つ味見してみましょう。大きいからそこの包丁で四等分に切ってくれる。少しくらい崩れてもいいから適当でいいわ」


 ……。


「少し欠けましたがこんなものですか?」


「四分の一でもけっこうな大きさね。それじゃあ、いただきます。フー、フー」


「いただきます。フー」


 ザクッ! フー、フー。ザクザクッ! フー、ザクザクザクッ。……。


 まだ熱いクッキーを布巾で手に持って、息で冷ましながら夢中で食べる二人。


「お嬢さま、すこし硬めですが、これはいけますね。大成功のようです。まさかクッキーに梅干しが合うとは思いませんでした。お嬢さま、ちゃんとレシピは覚えていらっしゃいますよね」


「もちろんよ。だけどこれはほんとにおいしいわ。くせになるおいしさね。残った生地をどんどん焼いていきましょ。今度はびっくりクッキーも焼くわよ。そうだわ、このクッキー日持ちしそうだから今度のソーラー・クルーズの役員会に持って行って一条さんにも食べてもらいましょ。爺咲くんにも食べてもらわなくちゃね」


 近い将来、このピザ型梅干しクッキーとびっくりクッキーが月のアギラカナ・ムーン・リゾートでのお土産の定番商品になるとはお嬢さまにも予想できなかった。




[あとがき]

梅干しクッキーをネットで調べたらほんとにあるんですねビックリしました。

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