第13話 麗華、料理に挑戦2、お菓子編1


 少し休憩を取ってすっかり元気になったお嬢さま、彼女の真理へのあくなき探求、自己への挑戦はさらに続く。


「わたしもだいぶ料理に慣れてきたから、次はお父さまに頂いた食材で筑前煮ちくぜんにに挑戦してみるわ」


「お嬢さま、旦那だんなさまに頂いた食材は、料理長の宮本に任せて、ケーキやクッキーに挑まれてはどうですか。剣道の部活やアルバイトで疲れた爺咲やざき君の体は甘いものを求めているはずです」


代田しろた、あなたいいこと言うわね。それじゃあ、イチゴをふんだんに使って豪華なデコレーションケーキでも作ってみようかしら。大きければ見栄みばえもいいでしょうし」


 代田の機転でなんとか頂き物いただきものの高級食材は救われたようだがお嬢さまはとどまることを知らない。


「それはそうでしょうが、ここは無難にクッキーなどお作りになられてはいかがですか?」


 さすがは法蔵院家次席執事の代田、ダメージが小さい方へ小さい方へと言葉巧みにお嬢さまを誘導していく。


「それだと何だかみみっちくならない?」


「そんなことはありません。お嬢さまの手作りこそ何よりも価値が有りますから。もしもお嬢さま手ずからお作りになったものなら、たとえ飴玉一つでもいただければ、私ならばうれし涙を流すと思います。それに、今はイチゴの季節から外れていますので、厨房にイチゴあったとしても旬のものではないかもしれません」


「代田も良く言うわね。でもおいしくないイチゴじゃデコレーションケーキは無理ね。それじゃあクッキーにするかな?」


 代田もイチゴの旬など全く知らないが、お嬢さまも知らなかったようで納得してもらうことができた。


「それもそうですが、お嬢さま、宮本料理長に教わりながら作ってはどうですか」


「宮本に教わりながらだと、自分で作ったことにならないじゃない」


「現にお嬢さまも料亭で作ってもらったお弁当をしたじゃありませんか。『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』とも言うでしょう」


「代田、それは一般人の話よ。わたしはね『聞くは一生の恥、聞かぬはそのときの我慢がまん』って思ってるの。でも、あなたがそこまで言うんなら、宮本が横で黙って見てるくらいならいいわよ」


「残念なことに料理長は食材の買い出しで不在ですから料理は明日にしませんか?」


「宮本がいないならそれはそれで丁度ちょうどいいわ」


「お嬢さま、料理長が帰るまでお待ちになった方がよろしいかと思いますが?」


「何言ってるのよ、たかが・・・クッキーじゃない。そんなの私にかかればチョチョイのチョイよ」


 どこから出てくるこの自信。


 代田ではもはやここまで。


 ついに代田もお嬢さまをお止めすることかなわじと断念してしまった。


 どんな代物しろものができようと、クッキーの材料などたかが知れてるだろうからそこはあきらめよう。クッキーを作るのにまさかまな板を両断することもないだろうし、厨房の中の何がどうなろうと、後でちゃんと謝っておけば料理長も許してくれるだろう。



 そんなこんなで、厨房にやって来た麗華と代田。


 二人ともそろって白い割烹着かっぽうぎを着て頭に白い三角巾を巻いている。


 お嬢さまの割烹着かっぽうぎ姿が初々ういういしく名前通りに華麗かれいに見えるのに比べ、できる執事、代田の割烹着かっぽうぎ姿が痛々しい。とくに、格闘術を極めた代田のタカのように鋭い目つきとオールバックにきっちり固めた頭髪を覆う三角巾のアンバランスさが異様である。


 その代田の姿を見たお嬢さまは口元をキッと結んでいる。


 これは笑い声を出したくなるのをこらえているのだ。麗華は一度息を整えて、笑いを収め代田に指示を出し始める。


「代田、材料を言うからからそこらへんから探して持って来て。

 クッキーだから、まずは小麦粉よね。代田、あそこにあるみたい、そうそれそれ」


「お嬢さま、強力粉(きょうりょくこ)と薄力粉(はくりょくこ)とありますがどちらですか?」


「代田、それは強力粉(きょうりきこ)、薄力粉(はくりきこ)って読むの。覚えておきなさい」


「それで、どちらをお持ちしますか?」


「そこは強力粉(きょうりきこ)でしょう。剣道にはげむ爺咲くんに作ってあげるんだから」


「なるほど」


 代田には、強力粉きょうりきこと剣道の関連はよく分からないので適当にうなずき、強力粉きょうりきこの袋を麗華の前の調理台の上に何個か置く。


「あとは、砂糖にバター、それに卵も必要かな」


 次々とクッキーの材料が調理台の上に並べられていく。


 薄茶色のきめの細かい砂糖、フランスの有名な産地の名前の付いたバター、茶色っぽい少し小さめの玉子。代田は内心、この食材ならば何がどうお嬢さまにかかってトンデモないことになろうとそこまでの物はできないだろうと一安心。


「お嬢さまこんなところですか?」


「そうね、あとは、上にのっけるアーモンドとかそんなもの無いかしら?」


「ちょっと見当たりません」


「そう、だったら疲れた体に梅干しなんかどうかしら」


「それはいい発想です。梅干しはここにありました」


「調理台の上に置いといてちょうだい」


 大きな壺が調理台の上に置かれた。中には形の揃った大きな梅干しが入っている。やけに高級そうな梅干しだが、そもそもこの厨房に高級、高価でないものは置いていないので今さらだ。


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