第10話 剣道部
麗華は日課の槍の早朝鍛錬を終えたところだ。ビジネスの方が順調なので気持ちに余裕があるのだが、毎日毎日
「代田、あなたとの立ち合い稽古をするとわたしが転がされてばかりで、少しつまらないわ」
「ハハハ。お嬢さまに土を着けられるようではお嬢さまの護衛は務まりまりせんから。とはいえ、そうですねー。そろそろ、お嬢さまも他流試合とは言いませんが、剣道でも始めてはいかがですか? お嬢さまの突きも生かせますし、私とは違う間合いの相手との立ち合い稽古も有益です」
「それは
「体験入部でしたら今日の放課後からでも可能ですよ」
「それじゃあ代田、そういうことでお願いね」
「かしこまりました。お嬢さまは剣道の防具や胴着などの着け方はご存じでしたね」
麗華は法蔵院流槍術の
「ええ、問題ないわ。そういえば、剣道部の顧問をしていらっしゃる
「六道先生は連撃からの突きを得意とした一流の女性剣士です。まあ、二度ともあの方との決勝戦ですから運がなかったようですな」
「そうよね。あの人は別として六道先生はどの程度強いの?」
「私が両手両足を縛られた状態ですと、あるいは私が負けるやもしれません。一殺必行、殺傷を目的とした私の格闘術がスポーツ化した剣道に不覚を取るようなことは決してありませんのでご安心ください。もちろん、お嬢さまの法蔵院流槍術も私の格闘術と同じです」
「その程度だと、私の稽古にならないじゃない」
「お嬢さまが槍を持てばそうでしょうが、慣れない竹刀ですと少しは苦戦するかもしれません」
「そうかしら。そういえば、先日助けた目つきの悪い
「お嬢さま、まだ15、6の少年に目つきの悪い花咲か爺さんは可哀想です。本人は自分の名前を気にしているそうなので、せめて目つきの
「フフフ、代田も大概ね」
その日の放課後、白鳥学園の剣道場。
理事長に呼び出され、法蔵院麗華を今日1日剣道部に体験入部させるよう告げられた剣道部の顧問の六道あやめが、部活開始前に麗華の体験入部を部員たち告げている。
「みんな、今日1日だが2年の法蔵院さんが体験入部でうちに来る。そうだ、
麗華と同じクラスの者が体育の実技などでたまに話をするくらいでほとんどの生徒が接点を持たない文武両道の
「静かに! 言っておくが、法蔵院さんは剣道の
あやめが部員たちに話していると、麗華が剣道場に入って来た。代田は剣道場の隅に立って様子を見ている。
「六道先生、よろしくお願いします。みなさんもよろしく」
白い胴着に黒い
「法蔵院さん、今日の体験入部で何か希望でもあるかな」
「はい。わたしも、武道を
「わかった。今日は素振りの後、
……
麗華は剣道部員たちと一緒に、剣道場の回りを軽く3周走り柔軟をすませた。
「それじゃ、素振りを始めるぞ。法蔵院さんもそこでみんなに合わせて竹刀を振って」
「はい」
「最初は、上下50本。1、2、……、49、50」
「よーし、次は正面50本。1、2、……、49、50」
……
「最後は早素振り100本2セット。1、2、……、99、100」
……
「それじゃあ、少し休憩して、今日は変則だが掛かり稽古の前に地稽古から始めるぞ。いつものように男女に別れて。法蔵院さんの相手は、……、女子では無理そうだな。おい
あやめは最初、麗華の相手は女子部員に任せようと思っていたのだが、麗華の素振りの鋭さを目にして、とても並みの部員では相手になりそうにないと判断し
「はい!」
「あら爺咲くん、よろしくね」
「法蔵院さん、先日はありがとうございました」
「気にしないでいいと言ったでしょ。気にするくらいなら、遠慮なく全力でかかって来てね。それじゃあ始めましょ」
二人が知り合いであったことにざわめく剣道部員たちをしり目に、互いに礼をして地稽古を始める二人。
花太郎は戸惑っている。麗華は初心者ではないとは先ほど聞いたが、素振りの速さ鋭さブレの無さはもはや上級者だ。
こうやって竹刀を中段に構えて向き合ってみると圧迫される。攻め口が見えない。軽く竹刀を合わせ間合いを測りながら攻め口を探したいのだが、合わせれば払われる。その払いがまた鋭く竹刀が流されそうになる。
既に一度、竹刀が流されてしまいそのまま面に撃ち込まれている。理由は分からないが、麗華は踏み込んでこないので、先ほどの面も浅く試合では一本にはならないだろう。しかし相手が剣道4段の六道あやめでもここまで手も足も出ないということはなかった。
花太郎とすれば
「竹刀どうしの間合いがやっとつかめたわ。そろそろ私からも行くわよ、
「受け身?」
わずかに麗華の竹刀が引かれた。
ドーン!
大きく踏み出された麗華の右足が思いっきり板張りの剣道場の床を叩く音が響く。気付かぬうちに麗華の突きの間合いに花太郎は捉えられていたのだ。
麗華の突きが花太郎の突き垂(つきだれ)に決まり、花太郎が吹き飛んだ。
花太郎には悪いが竹刀とはいえ久しぶりに十分な手ごたえの突きが出来たので麗華は大満足だった。突然の大きな音に剣道部員が何事かと麗華たちの方を見ると花太郎が後ろに吹っ飛んでいる。六道あやめがすぐに駆け寄り気を失ってぐったりしている花太郎を抱き起して座らせ活を入れた。
「ぐき……フハッ」
あやめに活を入れられ意識を取り戻した花太郎。花太郎には麗華の最後の突きは途中までしか見えなかった。
「
「いえ、先生、わたしはここまでで結構です。今日はありがとうございました。皆さんもありがとう」
正面に向かって礼をした後、他の剣道部員たちに向かって礼をして、麗華は剣道場を後にした。
一方こちらは、麗華が去った後の花太郎。チンピラにボコられ、麗華に吹き飛ばされ毎度のように気を失っている。剣道場の隅に座ってぼーとした頭でここ数日のことを思い出していると、
「
近くにやって来た先輩が気を使って言ってくれるのだが、別に花太郎は麗華に見事に敗れたことなど気にしていない。竹刀を合わせた瞬間に自分がどうこうできる相手ではないと感じられた。むしろその勘通りだったことが誇らしく思う。
突き垂(つきだれ)の中心を麗華に見事に突かれたようでのどの痛みもそれほどでもない。そのうち声も普通に出せるようになり頭もしっかりしてきたので、地稽古と順番が前後した掛かり稽古から部活に復帰しみんなを安心させた。部活が終われば、花太郎には今日も午後8時から10時までのアルバイトが入っている。
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