第11話 告白


 体験入部という形で剣道部の部活に参加し、竹刀しないではあるが気持ちよく突きを決めることができて、満足して帰宅した麗華に代田が話しかける。


「お嬢さま、六道りくどう先生と立ち会わなくてよかったんですか?」


「他の生徒たちの前で、剣道4段の六道先生をわたしの突きで倒してしまう訳にはいかないでしょ。立ち会ってしまった後で手を抜けば失礼になるし。それとも代田、わたしの突きを受けて気絶した六道先生にあなたがかつを入れてあげたかった?」


「そんなことは有りません」


「何だか残念そうな顔をしてるわよ。

 まあ冗談はそれくらいにして、爺咲やざきくんに入れた突きはわれながらいい突きだったわ。代田も見てたでしょ、どうだった?」


ためを作る癖はだいぶ改善されていましたし見事な突きでした。しかし、あれは少しやりすぎではありませんか?」


「そんなことないわ、手を抜いては爺咲くんに失礼でしょ。それに、普通に突くとどうしてもくせで引きが入ってしまって残身ができないのよ」


「それは法蔵院流槍術の十文字槍の稽古で身につけたものですから仕方ありませんし直す必要はありません。残身がないと剣道では一本になりにくいようですが残身する暇があるならもう一太刀ひとたち浴びせろと私なら言いますな。手を抜くのはおっしゃる通り相手に失礼です。お嬢さまも成長なされたようでなによりです」


「なに言ってるのよ」


「お嬢さまの成長をおめしただけです」


「最近よく代田はそれを言ってるわよ。

 そういえば、爺咲くんは一人暮らしだったわね。これから家に帰っても夕食の用意が出来ているとは思えないわ。代田、何か彼のところに夕食になるものを届けてくれる」


「そこは、お嬢さまが夕食を爺咲くんのために作って差し上げれば喜ばれますよ」


「わたしが作ったものをおいしいと思える人はわたしを含めていないと思うわ」


「それはまたご謙遜けんそんを。何でもそつなくこなせるお嬢さまが料理が苦手だったとはにわかには信じられません。料理などというものは調理法通り作ればそこそこの物ができ上がるのではありませんか?」


「レシピ通りに作れればね。わたしの場合、才能が邪魔をしてレシピ通りに料理を作るのが苦手なの。だから、最初からレシピは見ないことにしてるのよ。そうね、代田はわたしの作ったものをまだ食べたことがないのよね。それなら今度代田に料理を作ってあげる。その代り残しちゃだめよ」


「かしこまりました。その日を期待してお待ちします。それで爺咲くんに夕食を届けるとして、何か書き添えますか?」


「地稽古で吹き飛ばしたことを詫びてもそれはそれで失礼よね。だったら、そうね、こんなのでどうかしら」


 そう言って手にした手帳に何やら書きつけその紙を外して代田に渡した。


 渡されたメモ書きを見た代田、


「これでは、最近お嬢さまが授業中に読んでおられる青少年向けの恋愛小説のようですな」


「そうなの、なんかおもしろそうでしょ」


「相手があることですのでほどほどにしませんと、妙な勘違いをされてしまいますよ」


「あら、勘違いってことはないわよ。気絶した時の爺咲くんの顔はよーく見ると可愛い顔してたじゃない」


「その言い方ですと、気絶してない普通の時はダメなんですか?」


「うーん。目つきが目つきだけにちょっと微妙?」


「……」




 こちらは部活を終え自宅のアパートに帰った花太郎。制服を着替えてアルバイトに行く準備をしているとチャイムが鳴った。玄関のドアを開けてみると、先日麗華の屋敷でお世話になった使用人の女性が大きな風呂敷包みを抱えている。


「失礼します。法蔵院家の使用人の者です。爺咲さま、麗華お嬢さまからのお届け物です。爺咲さまの夕食用にと用意したものですので温かいうちにお召し上がりください」


 夕食はアルバイトに行く途中のコンビニで調理パンでも買って済ませようと思っていた花太郎なのだが、ちゃんとした夕食を頂いたようだ。どういった理由で夕食を頂いたのかはわからないがうれしいことはうれしい。


「は、はい。ありがとうございます」


 受け取った風呂敷包みはずっしり重い。


「明日この時間に入れ物の重箱を受け取りにうかがいます。重箱は洗わずにそのままにしてお渡しください。それでは失礼します」


 使用人の女性はすぐに帰って行った。その後ろ姿に頭を下げる花太郎。


 受け取った風呂敷包みをテーブルの上で開けてみると黒塗りの二段の重箱。上の蓋には金色で丸に十文字槍の穂先の図柄が描かれている。法蔵院家の家紋なのだろう。


 重箱だけでも相当な値段がしそうだ。確かに先ほどの女性が言ったように下手に洗うと塗りが傷つきそうだ。


 蓋の上には、折りたたんだ紙が一枚。開いて見ると、


『今回は家の者に用意させたお料理だけど、今度わたしが食事を作りに行ってあげる。期待して待っててね、法蔵院麗華』


 どういった理由だかわからないが、学園一の美女が自分に好意を持ってくれているらしい。うれしいと言えばうれしいのだが、あの法蔵院麗華である、何だかうすら寒くも思える。しかし花太郎は男子高校生、食欲には勝てない。


 まだ温かい重箱からいい匂いが漂って来る。蓋を開けると、上の段には、だし巻き卵、牛肉のしぐれ煮、レンコンの天ぷら、エビフライ、肉団子、鶏のから揚げ、野菜の煮物に焼き魚。下の段には海苔のりに巻かれたお結びが6個と、脇に季節の果物が添えられていた。ゴクリとつばを飲み込む。


 お嬢さまは毎日こんなものを食べているのか? アルバイトにはまだ時間があるので少し食べていこうと思い、取り皿に料理を取り分けているとスマホが鳴った。花太郎は、アルバイト先への連絡にも必要なため先日チンピラとの喧嘩で壊れてしまったスマホは新しいものに買い替えている。


 ピロリン。 ピロリン。


「こんばんは、爺咲くん、メモ書き見てくれた?」


「はい。見ました」


 いきなりの問いかけに法蔵院麗華らしき人物にお礼も言えなかった。


「今日あなたに届けた料理はそこそこおいしいかったと思うけど、今度は私がじきじき料理を爺咲くんに作ってあげるからね」


「あのう、法蔵院さんですよね。どうしてそこまで俺に良くしてくれるんですか?」


「決まってるじゃない、わたしが爺咲くんを気に入ってるからよ。『お嬢さま、気に入ってるではなく好きだからくらい言った方が喜ばれますよ』それもそうね。 ごめんなさい、わたしが爺咲くんのこと好きだからよ」


 麗華の突然の告白?に戸惑う花太郎。これまで、一度も女子から告白されたことはなかったが、告白とはこれほどあっけらかんとしたものなのだろうか。後ろから聞こえた声は何だったのか、どうして自分のスマホの番号を麗華が知っていたのとか、と疑問に思うこともなくとっさに出た言葉は、


「あ、ありがとうございます」。だった。


 有り難いことには変わりはない。


「それじゃあまたね」


 通話時間40秒。スマホに表示された数字をぼーと眺める花太郎だった。



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