第8話 太陽系クルーズ計画
爺咲花太郎(やざきはなたろう)を彼の住むアパートへ送り届けてから一週間が経った。
アギラカナ代表特別補佐官の一条へのプレゼンは手ごたえがあったのだが、いまのところアギラカナに何の動きも無いようだ。実は一条はその間、月のギラカナ・ムーン・リゾート(AMR)に視察に赴いており、太陽系クルーズ船計画はAMR視察後に開始するつもりでいたようだ。
「代田、一条さんにプレゼンしてからかれこれ一週間が経つけど、大丈夫かしら。あの時は確かに手ごたえがあったのだけど」
「まだ一週間ですし、グループの調査機関からの報告では、一条特別補佐官は数日前まで月のAMRに単身で視察に赴いていたそうですから、太陽系クルーズがらみの動きはこれからではないでしょうか」
「ふーん。一人で視察なんて変わってるわね。一条さんがこっちに帰っているんなら、代田の言うようにそろそろ動きがありそうね」
「報告によれば、視察旅行の中身は単なる個人旅行だったようです。いつも忙しく走り回っているような方ですので息抜きが必要だったのでしょう」
「一条さんらしいわ。わたしから見ると一条さんは普段からけっこう息抜きしてるように見えるけど。先週のフルーツパーラーでも護衛以外だれもいなかったから一人で行動するのががよほど好きな人のようだわ。そういえば、あのお店で買ったシャーベットおいしかったわよね」
「そうでございましたね。ちゃんと仕入れていますので、あとでお持ちしましょう」
「代田はほんとよく気が付く執事だわ。お父さまがよくあなたを手放してくれたわ」
「お褒めにあずかり、恐縮でございます」
麗華の良いところは、相手について思ったことでそれがよいことなら何の気兼ねもてらいもなく相手に伝えることができることだ。
……
「お嬢さま、アギラカナ大使館の一条特別補佐官から電話が入っています」
「すぐに出るから繋いでくれる。……はい、法蔵院麗華です。先日はお話を聞いてくださりありがとうございました。はい。はい。……」
一泊二日のAMRへの
現在世界最大のクルーズ客船の総トン数は20万トン程度なので、どうせなら大きくいこうという一条の判断で総トン数50万トンの宇宙船をアギラカナで建造することになった。
さらに、法蔵院グループの商船日本に竣工後の旅客宇宙船の運営を打診したところ、旅客宇宙船の運営会社、株式会社ソーラー・クルーズを商船日本とアギラカナの合弁で立ち上げることになり、麗華はその会社の代表取締役社長に、一条は代表取締役副社長に就任することになった。ただ、一条は副社長ではあるが、51%の出資比率をもつアギラカナからの派遣役員のため、社長を含む全役員の解任権を持っている。
太陽系クルーズ計画が徐々に具体化していき、ようやく一息入れることが出来るようになった麗華は、自宅の居間でくつろぎながら脇に控える代田と、ここのところのでき事を振り返る。
「一条さんて見た目で絶対損してるわよね。どう見ても出来るビジネスパーソンには見えないもの。でも、あそこまで来るとその方がいいのかもしれないわね。月旅行から帰って来たと思ったらあっという間に太陽系クルーズの話が具体化してしまって動きが恐ろしいほど早いわ。わたしは新会社の社長にされちゃうし、今度は人手不足が心配されている宇宙での客室係を養成する専門学校を作るそうよ。あと今年中にも太陽系クルーズが実現するわ。そしたら、社長のわたしの視察はどうしても必要よね。わたしも一条さんを見習って視察旅行に行くわよ」
「お嬢さま、その時は私も忘れず連れて行ってください」
「そりゃあもちろんよ。代田を連れて行かないわけないじゃない」
「ありがとうございます。太陽系クルーズ事業は宇宙船の本体部分はアギラカナ持ちですから運航リスクはかなり低くなりそうですし、収益性がかなり高くなりそうな事業ですから法蔵院グループはますます安泰ですな」
「まさにアギラカナさまさまよね。去年の今頃こんなことになるなんて誰が予想できたと思う? この半年でこの世界が一気にSFの世界になってしまったわ。この調子だとこれから先どうなっていくのかしら」
「それを作っていくのが、将来お嬢さまが率いることになる法蔵院グループでしょう」
「フフ、そうだったわね。わたしも、ますます頑張らなくちゃ」
[補足説明]
総トン数:トンで表しますが、船の重さを示したものではなく、容積を数字になります。(1トン = 約2.832 861立方メートルだそうです)
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