第4話 法蔵院家の宿題


 学校から屋敷に戻った麗華は、自室にあるマホガニーの机を前にして、高級ビジネスチェアにゆったりと座り与えられた宿題に取り掛かる。


 麗華に対して白鳥学園から宿題が出ることはないので宿題と言ってもこの宿題は、法蔵院グループの現総帥そうすいである麗華の父、法蔵院正胤まさたねからの宿題である。自分の次の総帥と決めている一人娘の麗華に帝王学を学ばせるための課題である。


 その内容は、


――法蔵院グループがいかにアギラカナに取り入っていくか――


 ちなみに麗華のいま住んでいる屋敷は麗華所有のもので父正胤まさたねの住む本宅とは別の場所にある。この屋敷には麗華のほかには代田を筆頭とした数名の麗華づきの執事とその他の使用人がいるだけだ。これも、麗華の自立心と経営力を養うための教育の一環である。


 麗華はこれまでにアギラカナについてグループの調査機関が調査した内容をまとめたレポートを机の上のモニターに映し出す。内容を思い出しながら、考えを整理するため、もう一度読み返す。



 半年はんとし少し前に、宇宙からやって巨大宇宙船が東京上空にやって来た。


 その宇宙船から首相官邸前に小型の宇宙船で降り立って以降、アギラカナ大使館が都内に建設されるまでは積極的にメディアにも現れ、去年の流行語大賞にもノミネートされたアギラカナ代表、ミスター山田とその4人の美女たちではあるが、最近はほとんど大使館から人前に出ることもなく、今彼らは頭上の巨大宇宙船に戻っているのではとささやかれている。


 彼らに代わって表に出ているのは、アギラカナ代表特別補佐官を務める一条佐江いちじょうさえと名乗る小柄な日本人女性だった。彼女は日本政府各省庁からのアギラカナ大使館への出向者を手足のごとく使い積極的に外部と交渉を行っている。


 調査レポートによると、一条佐江いちじょうさえは実名で、前職は特殊金属製品会社○○製作所で製品検査を行っていた一介の検査員だったらしい。


 その線で調査機関が調査を進めたところ、ミスター山田の本名は山田圭一、彼も一条佐江が○○製作所を退職する少し前にその会社を辞めていたことがわかった。彼の場合は製品検査偽装を主導していたとされ、実質解雇されたらしい。これについてはどうも、会社側に濡れ衣ぬれぎぬを着せられ尻尾切りにあったようだ。レポートの注意書きに、グループ各社は○○製作所との今後の取引は控える方向が無難であると書かれていた。


 いずれにせよ、ただの会社員だった山田圭一がどういった経緯で宇宙船国家アギラカナなどというとんでもないものの代表になりおおせたのかは不明である。


 アギラカナ代表の山田圭一に接触することは、物理的にも不可能なため、接触可能なターゲットは外部との折衝を行っているアギラカナ代表特別補佐官の一条佐江いちじょうさえ一人ということになる。


 写真や映像に映る一条佐江いちじょうさえはいつもニコニコしてすきだらけのように見えるのだが、彼女に接触を試みる各国の工作員や企業のエージェントたちは、何者かにはばまれ彼女に物理的に接近することすらできていない。


 彼女に接触を試みようとしたものは皆、気が付くと見知らぬ山奥に一人ぽつんと立っているという都市伝説めいたうわさがあった。法蔵院グループでも既に数人のエージェントがうわさは真実であったことを証明している。


 部屋の入り口で控えていた代田しろたに、


代田しろた、わたしはアギラカナ代表特別補佐官の一条さんに会ってみたいのだけれども何か良い手はないかしら?」


 代田しろたも、この件はこれまで多数の人間が失敗した案件であることは知っていたが、美少女のお嬢さまならあるいはと思い、思いついたことを言ってみた。


「そうですな。お嬢さまが一条特別補佐官の前でか弱い女子高生を演じてみると言うのはどうでしょうか」


「あら、わたしは演じなくてもか弱い女子高生よ」


「申し訳ありません」


 法蔵院流槍術免許皆伝の麗華が良く言うと心の中で苦笑する代田しろたではあるができる執事は表情には決して出さない。


「冗談よ。代田しろたの言いたいことは分かったわ。わたしが一条さんに接触を試みて、どこかの山の中に飛ばされそうになったら助けてね」


「お嬢さま、私も『もちろんお助けします』と言いたいところですが、ミスター山田に付き従う4人の女性を見るに、いずれも私以上の使い手と見受けられます。彼女たちと同等、もしくはそれ以上の手練てだれが一条特別補佐官についていると考えますと、お嬢さまをお助けできるとは軽々しくは申せません」


代田しろた、あなたが勝てないような人がこの国に何人もいるとは驚きね」


 代田しろたは今は法蔵院家の執事を勤めてはいるが、代田しろたの前に代田しろたなく、代田しろたの後に代田しろたなしとまで言われた不世出ふせいしゅつの天才拳法家であり合気道で言うところの空気投げを得意とする。左右どちらか片手でも相手の衣服にかかれば、どのような状況であれ、相手を投げ飛ばすことができる。


 麗華の父、法蔵院正胤まさたねのたっての願いを聞き入れ法蔵院家の執事となった男である。その代田しろた剛三ごうぞうにそこまで言わしめるほどの者が複数護衛に付いているとすればさもありなん。


「世間は広いと申しましょうか、宇宙は広いと言うことでしょうか。私ももう少し若ければ、鍛錬を積み重ね彼らとり合ってみたかったです」


「そういえば、代田は今何歳なの?」


「今年で60、還暦です」


「てっきり40くらいかと思っていたわ。誕生日を後で教えてね。赤いちゃんちゃんこを作ってあげるから」


「ありがとうございます。赤いちゃんちゃんこを着た執事というのも新鮮ですな」


代田しろたが60になるなら、お父さまのところにいる筆頭執事の横山は何歳なの?」


「あの方は私より一回ひとまわりと少し上ですから、おそらく73、4かと思われます」


「あの人も50超えてるようには見えないけど、あなたたちそういう意味では異常よね」


 これには代田しろたも苦笑を隠せなかった。


「それで、いかがいたしましょうか?」


「そうね、少しベタだけど、代田しろたの言うように、一条さんの前で悪い人たちに襲われている女子高生にでもなってみましょうか」


「わかりました。そういった状況を作り出すよう手配します。ところでお嬢さま、一条特別補佐官にお近づきになられた後はいかがなさるおつもりですか?」


「それは、まだ何も決めていないわ。出たとこ勝負かしらね」




【補足説明】

 ミスター山田

 惑星型宇宙艦アギラカナ艦長、宇宙船国家アギラカナ代表、アギラカナ宇宙軍総司令官、駐日アギラカナ大使、等の肩書を持つ日本人。日本国内ちきゅうでは、宇宙船国家アギラカナ代表および駐日アギラカナ大使としか知られていない。


 ミスター山田に付き従う4人の美女

 山田の秘書。バイオノイドといわれる生体ロボット。4人ともアギラカナ宇宙軍陸戦隊出身のため非常に高い身体能力と戦闘能力を持つ。一般には、山田の秘書であるとしか知られていない。


 一条佐江

 アギラカナ代表特別補佐官。山田のたった一人の直属日本人スタッフ。日本人スタッフのうちアギラカナ大使館内のアギラカナ専用区画に入ることが許されているのは彼女だけである。特別補佐官の名称は山田が思い付きでつけたもの。アギラカナ大使館職員としての初年度の年俸は5千万円。


 アギラカナ大使館

 宇宙船を改造してビルディングに模したもの。地上10階、地下3階。上層部の8階、9階、10階はアギラカナ専用階としている。日本人スタッフ(日本国各省庁からの出向者)は現在7階の一部を使用中。

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