第3話 爺咲花太郎、六道あやめ


 「ふう、ふう、……。滑り込みセーフ」


 校門が閉まる前になんとか校庭に滑り込むことが出来た爺咲花太郎やざきはなたろう。黒服のおじさんに傘を差された女子高生が後ろから自分に何か言っていたようだが聞き取れなかったのでそのまま学校の玄関に駆けこんでいった。


 あれがうわさ法蔵院麗華ほうぞういんれいかだったのだろうと後から気付いたが、自分には縁のないこととすぐに忘れてしまった。


 花太郎は1年B組の後ろの扉をなるべく音を立てないよう開けて教室の中に入っていく。いまは国語を受け持つ六道りくどうあやめの授業中だったようだ。


 花太郎は今日の1限があやめの授業だったことを失念していた自分をしかりつけたくなったがもはや後の祭り。制服から下着まで雨で濡れてしまっているので、かなり不快だし、そのうち体も冷えてきそうだが、ここは神妙しんみょうにしていようと心に決める。


 このクラスの生徒たちは花太郎には関わりたくないので花太郎が教室に入るとき立てた扉の音に振り向きはしたが無関心を装っている。入学早々花太郎の名前をからかった男子生徒がいたのだが、花太郎と喧嘩けんかになった。花太郎は先に手を出したその男子生徒の腕をつかみ、一本背負いで投げ飛ばしてしまっている。


 その後も何回か同じ理由でほかの生徒と喧嘩けんかになり相手を投げ飛ばしているのだが、どの喧嘩も先に相手が手を出してきたのにもかかわらず、いつのまにか花太郎が悪者にされていた。先週花太郎に絡んできた生徒は、今はこの教室にはいない。下校中何者かに襲われたそうで、手首を複雑骨折し今は自宅療養中だそうだ。


 その生徒を襲ったのは花太郎ではないかとクラス内でささやかれており、自宅療養中のその生徒も口をつぐんで何も語っていない。


 本来は警察沙汰になるような事件にもかかわらず、この件に関して報道もなければ警察も動いてはいない。学校関連のでき事なので理事長の本家筋である法蔵院家がもみ消したのだろうとうわさされている。


 そういったことが続き、いつも絡まれて仕方なく応戦しているだけの花太郎なのだが、目つきが鋭すぎることも災いし今では周囲からは喧嘩けんかっ早い問題児だと認識されている。そのため周囲は彼を避けているし、教師などは無視を決め込んでいるのだが、国語教師六道りくどうあやめは違った。


爺咲やざき、今日も遅刻のようだがどうした?」


 濡れた体が冷えてきた花太郎は、ここは正直に、


「寝坊しました。すみません。服が雨に濡れてパンツまでビショビショなので部室で着替えて来てもいいですか?」


「早くいってこい」


 急いで教室を出た花太郎は予備の着替えを置いてある剣道部の部室に走って行った。花太郎は剣道部員なのである。


 ジャージ姿で教室に戻った花太郎は自分の席に座り、あやめの授業を真剣に聞いている振りをしているのだがときたま窓の外を眺めている。その窓の先には、ここからでは見えないがアギラカナ大使館がある。たまに、貨物宇宙船が大使館横の貨物ターミナルに発着する様子を眺めているのだ。


 花太郎の席は、最初は教室の真ん中あたりだったのだが、いつの間にか窓際の一番後ろの席になっていた。花太郎が遅刻するたびに1つだけ空いてる机が後ろの方、窓際の方へと移動していくのだ。麗華とはまた違った意味で隔離されたようだ。


 キーンコーンカーンコーン、……。


「今日はここまで。爺咲やざきは放課後生徒指導室に来るように」


 六道あやめの教師歴はまだ三年ほどだが生徒指導も担当している。


「起立、礼」




 放課後の生徒指導室。


 午前中の雨がうそのように晴れ渡り、いまでは青空が広がっている。部屋の中からは見えないが、頭上には丸くはないが昼間の月のように白く見えるが浮かんでいる。


 テーブルを前にして六道あやめがスチール椅子いすに足を組んで座っており、彼女の向かいには花太郎が立たされ、直立不動を絵にかいたように緊張している。あやめは授業中や一般生徒に対する物腰はある程度柔らかいのだが、自身が顧問をしている剣道部員、その中でも目を掛けている生徒に対しては逆にかなりきつくあたる。しかも言葉使いも荒い。


「爺咲(やざき)! いい加減にしろー! あたしの授業に遅れたのは今日で何度目だ? いい加減にしろよ」


「も、申し訳ありませーん」


「あのなあ、あたしの授業だから良かったが、遅刻なんかするんじゃねー! それでなくともおまえは他の先生方せんせいがたに目を付けられてんだぞ、剣道部顧問のあたしの立場がなくなるだろーが。少しは考えろ。

 とにかく目立つようなことはするな。記録に残るから他の先生の授業じゃ絶対に遅刻だけはするなよ。まあ、つまらん授業を見つからないように居眠りするくらいはおまえの勝手だがな」


「申し訳ありませーん。これから居眠りするときは見つからないようにします!」


 まさに平身低頭。それに、鷹揚おうようにうなずく六道あやめ。生徒指導上授業中居眠りをするのは問題ないらしい。見つからないように居眠りする具体的方法は花太郎にも見当はつかないが、勢いで受け答えしてしまった。


 年齢の関係でまだ剣道2段ではあるものの白鳥学園剣道部の中では高1ながら実力ナンバーワンの花太郎であるが、全日本女子剣道選手権2年連続準優勝、剣道4段の六道あやめにはいまだに1本も入れたことはない。その前に、彼女の連撃からの突きをくらい何度も吹き飛ばされている。


 あやめからすれば、自分の得意技を出さざるを得なくさせる花太郎の実力に大いに期待している。今の3年の主将が引退すれば、花太郎を次期主将に据えようと思っているし、それについて上級生もだれも文句は言わないだろう。


 次の対外試合では、部内での勝ち抜き戦を行って出場選手を決めるつもりだが、花太郎が勝ち抜き戦で優勝するのはほぼ確実で、対外試合では大将を務めさせよう思っている。先鋒などに起用してしまうと、抜き戦形式の試合のため一人で相手方五人を倒してしまいそうで、そうなると他の選手が試合を経験できなくなるからである。


 あやめは当然花太郎が同級生にけがをさせたのではないかと言う黒いうわさは耳にしているが、そのことについては何も心配していない。それくらい花太郎のことを信頼もしている。それだけに、花太郎の生活態度が腹立たしい。


「これからすぐに部活だ。サボるなよ」


「はい!」


 今も剣道界で「地獄突きの六道(りくどう)」「六道殺めあやめ」と呼ばれている六道あやめ25歳。全日本女子剣道選手権2年連続準優勝というと聞こえは良いが同じ相手の同じ技に敗れての準優勝である、しかも相手は年下。自分でも限界を感じ始めており、そろそろ現役引退の潮時しおどきかと考えている。




【補足説明】

頭上の宇宙船:

東京の国会上空100.0キロ(日本の領空外)に滞空している全長3.6キロの大型宇宙船。表面が青色を帯びた灰白色の特殊素材で覆われている。一般にはこれがアギラカナだと思われている。


[あとがき]

山口遊子(やまぐちゆうし)のフォロワーさんが350名を越えました。ありがとうございます。

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