第2話 お嬢さまご入室
麗華が遅れて来るのは毎日のことなので気にする者はいない。もちろん教師も気に掛けない。この学園の教職員は校長も含め麗華について一切の干渉をしないように理事長からきつく指示されている。
麗華の席は教室の一番後ろの窓際の特等席なのだが、一般生徒の使っている机とは異なり、机はロココ調の丸テーブルで椅子もそれに見合ったものである。
麗華は代田に椅子を引いてもらい席に着く。お嬢さまは、たとえ自分で椅子を引いた方が早くとも執事を使うものなのである。もっとも、ロココ調の椅子はかなり重く引くには腰に力を入れて両手を使って引く必要がある。
「お嬢さま、お茶を
どこからともなくティーセットを用意する代田。すぐにティーポットに半分ほどのお湯が沸き紅茶が淹れられる。香りがあまりきつくない紅茶を選んでいるのだが、いい香りはそれなりに漂ってしまうのは仕方がないと割り切っている。その紅茶の薄い香りを楽しみながら青い絵柄の入った白い陶器のティーカップに口を付ける
黒のタイツでおおわれたすらりとした足を軽く組み、片手はいつの間にかカバンの中から取りだしたハードカバーの詩集をめくっている。忘れてはならない、今は数学の授業中なのだ。
通常、こういった身勝手な行動は学校側が黙認しようと、クラスの生徒たちから非難の声が上がるのが普通なのだがそういったものはこのクラスでは起こっていない。
実は、麗華の在籍する2年A組には、法蔵院グループの関係者の子弟が集められており、生徒たちの保護者はそれ相応の待遇を法蔵院グループから享受しているため、次期法蔵院グループ総帥の麗華お嬢さまの振る舞いに対し、クラスからの非難などは一切ない。
さらに、法蔵院奨学財団なるものから返済不要の奨学金が2年A組の生徒に支給されており、私立高校にもかかわらず実質学費免除となっている。
しかも、この学園の理事長は、法蔵院家の分家に
今は雨空で上空に浮かぶ巨大な六角柱型の白い宇宙船は見えない。その宇宙船が東京の上空に居座ってすでに半年以上経過していた。
最初にその宇宙船から現れたのは、宇宙船国家アギラカナの代表を名乗る山田という二十代半ばくらいに見える自称日本人と、こちらもどう見ても日本人に見える四人の美女たち、それに護衛の兵士たちだった。
アギラカナはすぐに原発事故で汚染された地域をあっという間に無償で除染し、代わりに原発跡地に核融合発電所を建設してしまった。
そのすぐあと日本はアギラカナと国交を樹立した。また、政府は大使館建設を望むアギラカナのため東京都が晴美に所有していた土地を一度購入したあとアギラカナに無償貸与した。後日その地にアギラカナ大使館が半日で建設された。いや、アギラカナ大使館が空から降って来た。後で聞いた話だが、アギラカナ大使館は建物の形をした宇宙船なのだそうだ。
そして一カ月ほど前から、月への旅客宇宙船が運航が始まり、毎日成田から数千人がアギラカナによって月に建設されたアギラカナ・ムーン・リゾート(AMR)を訪れるようになった。
すでに麗華はAMRへのチケットを入手しており、夏休みには三泊四日で月へ訪れる予定だ。もちろん執事の代田も同行する。そのころには羽田からも発着可能となるため、麗華の入手したチケットは羽田発のものだ。
今回のチケット入手については、法蔵院グループといえども何の
法蔵院麗華の昼食は昼前に自宅から教室へ届けられる。
麗華は朝しっかり食事を
法蔵院麗華は当日最後となる6限の授業が終わる前に彼女のロココ席を立ち、執事の代田と帰宅するようにしている。麗華が正門に近づいてくるのを確認した警備員が、機械を操作して校門を開ける。
その日も、銀髪の女性が一人校門の脇に立っていた。彼女の髪は
門が開くと、校門脇で待機していた某国の外交官ナンバーの付いたリムジンが音もなく校門前に横付けされ、麗華の乗車を待つ。某国は法蔵院グループに多額の借金を抱えており、その車は本来大使館の公用車なのだが、次期法蔵院グループ総帥、法蔵院麗華にいいように使われているのだ。
リムジンのドアを開けるのは代田の仕事である。
「お嬢さまどうぞ」
「代田ありがとう」
代田は、麗華が席にちゃんと座ったことを確認しドアを閉め、後ろを周ってリムジンに乗り込む。
リムジンが走り去ったころ、
キーンコーン、カーンコーン……
終業のチャイムが鳴った。午前中に雨は上がっていたようで、いまはすっかり青空が広がり、いつものように頭上には白い宇宙船が見えている。
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