第76話

 それからの道中は、不思議なくらい順調で、この後、何か起こるんじゃないだろうな、と逆に不安になったくらい。

 女性の冒険者も、アーロンに無体な接近はなく、サバサバした女性たちだった。それだけ、こういう護衛の仕事に慣れてるってことなのだろう。


「さて、そろそろカイドンの町が見えてきてもいいはずだ」


 荷馬車の御者のところに座っている俺に、御者のおじいさんが声をかけてきた。

 この集団の中でアーロンの次に、一番年下の俺を気にかけてくれていたおじいさんだ。


「ほら、潮の匂いがしてきたぞ」

「……ほんとだ」


 周囲は森なのに、街道に沿って海の匂いが送られてくる不思議。


「あれがカイドンの入口だな」


 おじいさんに指をさされて、前のほうを見るために立ち上がるけれど、へリウスがそこにいるかなんてわかるわけもない。


「ハル、立ち上がると危ないぞ」


 荷馬車のそばにアーロンが寄ってきた。


「わかってるんだけど、落ち着かなくて」

「気持ちはわかるがな。着いたらまずはそのまま姉さんのところに連れていくからな」

「うん、わかった」


 俺はもうアーロンの人柄と、精霊たちに好かれやすい彼の言うことを信じるようになっていた。アーロンが言うからには、問題ないだろうな、と。

 問題なくカイドンの町に入り、馬車はそのあままノドルドン商会に向かう。港町特有の賑やかな空気感に、俺もわくわくしてくる。


「えぇぇぇ……」


 馬車がゆっくりと動きを止めた場所は、俺が思ってたよりも、めちゃくちゃデカい建物だった。たくさんの人や荷物の出入りに、目を瞠る。


「よし、ハル、下りるぞ」

「あ、う、うん……おじいさん、ありがとうございました」

「いやいや、私も楽しかったからのぉ、こちらこそ、ありがとうだよ」


 俺はアーロンに抱きかかえられながら、おじいさんに手を振る。


「随分と仲良くなったんだな」

「うん? 俺は話をずっと聞いてただけだけどな」


 話好きのおじいさんのおかげで、退屈な時間を過ごすことなく、ここまで来れたのだから、感謝してもいいと思う。


「アーロン!」


 突然、女性の声が聞こえて、俺はびっくりする。

 一方のアーロンの方は、一瞬だけ、嫌そうな顔をして、すぐに、笑顔を貼りつけた。


「やぁ、姉さん」

「よくやったわ! その子が、へリウス様の?」


 女性にしてはかなり大柄で、白い髪をひっつめている。年のころは、アーロンより、少し上くらいにしか見えない。なかなか迫力のある美女が、ニカリと笑って立っている。

 うん、アーロンの感じから、なんとなく、わかってた。お姉さんだろうって。

 もしかして、苦手に感じてたりするんだろうか。今まで一緒に行動してきて、見たことのない顔だったので、新鮮だ。

「ああ、そうだよ。へリウス様は?」

「まだいらしてないわ。でも」


 困ったような顔で、アーロンの腕を掴んで、建物の方へと進んでいく。


「なんなんだよ」

「……ご領主様の方からのお達しがきてるのよ」


 うわ、嫌な予感しかしない。

 アーロンのお姉さんも、申し訳なさそうな顔になってるし!


「あんたが連れてる子供を、ご領主様のところに連れて来いって」


 なんで、そうなるっ!

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