第72話

 衛兵の反応を疑問に思いながら、俺は再びアーロンに抱えられて街の中に入っていく。


「どういうこと?」


 こっそりと、アーロンに聞くと、しっ、と言われて大人しくする。

 アーロンは、大きな商店みたいなところに入っていく。いきなり、なんで? と思ったら。


「アーロン様!?」

「久しぶりだな、ジョイソン」


 どうもここはノドルドン商会の支店だったらしい。

 人族っぽい中年男性が、アーロンの姿に驚いている。


「久しぶりも何も、もう何年ぶり、くらいじゃないですか……って、まさか、そのお子さんは、アーロン様のっ!?」

「違うっ!」


 アーロン、そんなに大きな声で否定するな。

 余計に視線が集まるじゃないかっ!


「ったく、ちょっと、奥の部屋を使わせてもらってもいいか?」

「はいはい、奥様の弟様ですから、ご遠慮なく」

「それが余計だっていうの」


 ニヤニヤ笑っている中年男性をよそに、俺たちは応接室みたいな所に入っていく。アーロンは見知った場所なのだろう、迷いがない。

 アーロンが俺をソファに座らせると、俺のフードをとった。


「うーん」

「どうしたんだ? そういや、あの衛兵の態度もおかしかったけど」

「うん、あのなぁ」


 アーロンは、首を捻りながら、もう一度、ジッと俺の顔を見る。


「さっきフードを無理やりとられた時に見えた、ハルの顔なんだが……酷い火傷のような傷があったように見えたんだよ」

「え?」

「それに目立つはずの耳も、尖ってなくてだな……あ、今は問題ないんだが」


 どういうことだ? と俺も考え込んでいると、ドアがノックされた。

 慌ててフードを被った俺。それを確認したうえで、アーロンが「入っていいぞ」と声をかけた。


「すみませんね。お茶をお持ちしました」


 先ほどの中年男性、ジョイソンさんがメイドさんを連れて入ってきた。


「いや、気にするな。こっちこそ、忙しい時に邪魔して申し訳ない」

「とんでもない。アーロン様でしたら、いつだって大歓迎です」

「そう言って、護衛の仕事でもさせようっていうんだろう?」

「あははは、バレましたか」


 随分と気安い雰囲気に、俺は二人の顔を見比べてしまう。

 そんな俺たちの前に、ティーカップが置かれる。


「ああ、用があれば呼ぶから、出てくれるか」


 ジョイソンさんの言葉に、メイドさんはにこりと笑って出ていった。


「さてと……アーロン様」

「なんだ」

「奥様より伝言です」

「姉さんが? なんだっていうんだ」

「エルフの子供を、早く連れてこい、と」


 そう言ってジョイソンさんは、先ほどまでとは別人のように、感情のない眼差しで俺を見てきた。俺は思わず、アーロンにしがみついてしまう。


「それは……本当に姉さんの言葉か」


 アーロンじゃなくたって、疑問に思うだろう。

 なんで、遠くカイドンにいるとかいうアーロンのお姉さんが、俺のこと、それもエルフだってこともわかるんだ。


「はい、アルム神様にかけて」

「……そいつは、ジョイソンにしては随分と本気だな」

「そもそも、奥様の言葉には、それだけの重みがありますから」


 信じていいのか、俺には判断がつかないから、俺はアーロンを見上げるしかない。


「子供のエルフの探索依頼が、国内の冒険者ギルドに出されています。それと同時に、ヘリウス様がある冒険者ギルドで大暴れしたそうです」

「あ」


 へリウスならやりそう。

 しかし、随分と情報が早いな。


「その時預けていた子供が攫われたとのことで、それに連なっての、ギルドからの子供のエルフ捜索につながったのかと」

「なんで、俺がその子供を連れてると?」

「ウルトガ王家の『救援の玉』を受け取ったのですよね? そうなったら、考えずとも」

「あー、はいはい。わかった、わかった」


 アーロンが参ったなっていう顔をして、俺の方を見た。


「ジョイソンだったら、大丈夫だ。こいつは、姉さんの腹心だからな」

「……アーロンが言うなら」


 俺は自分のフードを外して、ジョイソンさんに顔を見せると、ジョイソンさんは、大きく目を見開いて、息まで止めてしまったようだ。


「……なるほど。これほど可愛らしいエルフのお子さんでしたら、狙われてもおかしくはないですね」


 ジョイソンさんは、大きく息を吐き出して、困ったような顔でそう言った。

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