9.もう遅い?

 にしても、どこをどうしたら持ち物ひとつで見ず知らずの他人を見つけだすことができるのか、シモンの能力がチートすぎて、もしこいつを敵に回したらって考えてぞっとする。引き込んでおいて今更だけどさ。


「連れ子なんかいなきゃ良かったんすけど。バツイチってだけならまだ……」

 ガタッとわかりやすく音を立ててシモンが立ち上がった。怖いカオ。きゅっとスニーカーの底を踏みしめてカウンターを回り込んで奥の席に向かう。

 威圧感丸出しで近寄ってくる男が、自分を睨んでいるのがわかったのか、ここなの母親の元カレは怯えて顔をひきつらせた。


「な、なんすか」

「アンタ馬鹿だな。彼女は子どもたちがいるから生きてるんだ。アンタと付き合ったのだってそう。じゃなかったら、アンタなんかが抱けるレベルの女じゃないだろ? それを捨てたって? 馬っ鹿じゃねぇの」

 シモンはぺしっと元カレの頬にリストバンドを投げつける。

「え……」

「アンタが捨てたのは、あの母子にアンタが幸せにしてもらうチャンスだ。アンタみたいなクズ以下の奴、この先誰と一緒になろうが失敗するだろうからな」

 ギラっと目を光らせて、顔を近付け低く囁く。

「後悔したって遅い。うぜぇんだよ、二度と彼女のことを思い出すな。気分が悪くなるからな」

 呪いだ。あの男、今夜は確実にうなされるだろうな。


「行くぞ」

「はーい」

 戻ってきたシモンはそのままのれんをくぐって出ていき、私は「おつりはいりません」とお金を置いて後を追った。





「何か言いたそうだな」

 蒸し暑くて肌がべとつく夜気のなかを歩きながらシモンが言った。

「うん。言いたいことはたくさんあったけど。もういいや」

「なんだそれ」

「それより訊きたいことが」

「うん?」

「あんたってマザコン?」

「は!?」

「だって、ずいぶんとあのママさんに肩入れしてっから」

「おまえが消極的だからだろ」

「そうなの?」


 シモンはキャップを取って、既に色彩が落ち着いた髪をがしがし掻いた。

「気に入らねぇんだよ。この国の、隣のヤツと肘がぶつかったら両方で引っ込め合って、勝手に線を引いてそこから出てこなくなるようなの。オレの故郷だったら、オマエが引っ込めって勢いでとことんどつきあうのに」

「あんたの故郷ってどこなの?」

「…………」

 ありゃ、やっぱり訊いたらダメだった? そろそろ気にならなくもないのだけど、シモンの出自。今日みたいな能力を目の当たりにしちゃったらなおさら。

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