8.赤ちょうちん

「おし、いけそうだ」

 放り出すみたいにぺしゃっと私を離したシモンの髪が金色になっていた。リストバンドを握り込み何やら集中していたと思ったら、にやりと笑ってまたまた私の腕を引っ張った。

「行くぞ、トワ」

 足腰がおぼつかなくなっている私をひょいと肩に担ぐ。ぎゃあ、また米俵抱っこかよ。


 文句を言う暇もなくシモンが跳躍したのに合わせて地面が遠のき、工場の屋根や電柱や大木のてっぺんを足場にしながら風のように移動を始めたシモンの肩の上で私はぶらぶらと手足を揺らすしかなかった。うう、目が回る……。





 辿りついたのはふもとの街の繁華街のはずれだった。

 田舎とはいえ、いちおう商業ビルや全国チェーンの飲食店も軒を連ねている。でもそれも駅周辺だけで、以前は栄えていたのだろう飲み屋街はシャッター通りと化している。そんな場所でも、細々と経営しているらしい赤ちょうちんの焼き鳥屋があった。


 自分の足で地表を踏みしめるって素晴らしいなあ、と新たな発見をしている私をよそにシモンはじっと店内の気配を探っているようだった。

「もうメンドクサイから入って一杯飲もうよ」

 こそこそしているのが面倒になってやけっぱちに提案すると、シモンはまたにやりと笑い先に立って暖簾をはらいあげ店へと入った。


 カウンターのみの奥に細長い店内に、お客は一組だけだった。まだ若いサラリーマンぽい二人連れで、慣れている風な感じでカウンターの奥でまったりしていた。


 私はシモンと手前側に並んで座って生中をふたつオーダーした。気持ちいいくらい素早くジョッキが運ばれてきて、私は機嫌をよくして半分ほどを一気にあおった。はあ、生き返る。

 シモンはといえば、ジョッキに手を伸ばさずに頬杖をついて壁のお品書きに目をやっている。そうしてサラリーマンふたりの会話に耳を傾けているのはわかっていたので、私も耳をそばだてつつ自分のジョッキを空にしてシモンの分につつっと手を伸ばした。


「飲むたんびにその話になるだろ、そんなに気にしてんなら謝りにいきゃいいだろうが」

「やですよ、元サヤなんてことになったらどうすんですか」

「だったらもう考えるなよ」

「でもぉ、良心の呵責ってやつが……」

「最悪だな。クズにもなり切れないクズ」

「好きは好きなんですって。可愛いし好みのタイプだし。でも連れ子ふたりに双子まで生まれるって、そりゃ尻込みするでしょ。オレ、そこまで責任持てないっすよ」


 最悪だ。まさに逃げだ。逃げる男はクズ以下だ。冷ややかに私も思う。

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