7.執拗

 シモンは少しの間じっと黙ってから、ここなの母親に命じた。

「男の持ち物が何か残っていたら持ってこい。写真でもいい」

 ここなの母親は音もなくシモンを追い越して一階のいちばん奥の部屋へと向かった。

 待っている間、シモンはじっと親子のすみかの方を凝視していた。得体の知れない雰囲気に呑まれて、私もじっと声も発せずに戻りを待った。


 やがてここなの母親が持ってきたのは某ブランドの赤いリストバンドだった。

「よし」

 犬の持ってこいを褒めるみたいな口振りやめろよ、と思っていると、ふっと威圧感を緩めたシモンは急に優しい声音で言った。

「いいか。あんたは何も悪くない。あんたが悪いことなんかひとつもない。そのままで、子どもたちを愛してやればいいんだ」

 表情は凍り付いたままなのに、彼女の瞳が潤んで涙がこぼれた。張りつめたものが溶け出すみたいに。


「子どもたちのところへ戻ったら、忘れろ」

「はい」

 また音もなく彼女は通路を進み、自宅の扉を開けた。薄暗い通路に家の灯りと子どもの声が漏れ出て、すぐにそれも閉ざされた。

 即座に私はシモンに詰め寄ってやろうとした。なんであんな能力を使ったのか。人を操るようなことは私は好きじゃない。


 が、一瞬早くシモンに腕を掴まれた。

「トワ、よこせ」

 有無を言わさず引き寄せられる。げ、こいつまさか。

 鈍く光る犬歯を見とがめるなり私は反射的に手で自分の首をガードしながら片膝を上げてシモンの体を遠ざけた。

 それでも私の腕を掴んだままのシモンとしばし睨み合う。いつもと違う琥珀の瞳が不気味だが、これくらいでビクつくもんか。血を吸われるなんてまっぴらごめんだ。


「……わかった。こっちでいい」

 首筋を狙って屈めていた腰を、二の腕を掴んだまま伸ばすものだから、私はぶら下がるみたいにつま先立ちになる。

 そこへぶつかる勢いでくちびるを塞がれて心の準備も何もあったもんじゃない。相変わらず乱暴だし。

 口内をめちゃくちゃにおかされるのはいつものことだけど、それにしたって今夜は執拗だった。長い長い長い長い!


 とすとすとこぶしで腹を殴ってもびくともしない。くそ、無駄にイイカラダしやがって。しかも、

「もっとだよ」

 何かを引き出すみたいに指で背筋をなぞられて、つい抱き着くみたいにしがみついちゃう。

 ようやく解放されたときには、息があがって腰が砕けそうになっていた。くそ、どんだけ持っていかれたのやら。

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