4.KY

 次にここなの母親がひとりで向かったのは、坂道を下りて国道を横切った先にあるトタンの壁の大きな倉庫だった。煙突が二本屋根から出ていて、工場みたいだ。

 ここなの母親のクルマが砂利の駐車スペースに入ったのと同時に他にも数台のクルマが続々と入ってきて、運転席から現れた女性たちが口々に朝のあいさつを交わしながら隙間の空いた大きな扉から建物の中へと姿を消した。


 ここがここなの母親の職場なのだな。どういう会社なのか気になって路地をぐるりと回って倉庫の反対側へと行ってみると、そちらに正面看板があり、クリーニング店の工場であることがわかった。

 どうしようかなぁ、と思案した私は、帰宅して慎也さんに相談してみることにした。


 社務所の掃除をしていた慎也さんは、杉本母子の話を聞いて眉をひそめた。

「十和子さんはどう思われるのですか?」

「単純に心配ですね」

 しゃがんで、生えかけの雑草の根っこをぷちぷち抜きながら私は答えた。何がどうってわけではないけれど、ここなの母親の余裕のない様子は心配だ。こっち専門の事柄ではないにしろ、人として。


 そうですね、と相槌を打って売り場の窓口の桟を拭いていた慎也さんは、私の背中を押すように言ってくれた。

「見守ってあげればいいですよ」

「そうですよね」

 赤の他人の誰も彼もを救いたいとまでは思ってないけど、言葉を交わして縁ができたのだから、気にかけるのはおせっかいじゃないよね。

 気分が晴れて、その日はお昼を挟んで境内の草取りとトレーニングに精を出した。


 が、そんなささやかな自己満足に納得せず、空気を読まずに文句を言った奴がいた。シモンだ。

「は? なんだよそれ。ここなの父親は? 双子の父親は? どこで何してんの?」

「……逃げたっぽいね」

「ハッ。昨日見たテレビのまんまじゃんか」

 シモンは端正な顔を歪めて、血液パックの吸い口を犬歯でギリギリ噛んだ。


 そう、ちょうど昨夜、ニュース番組の特集で、そういう苦労をしている女性たちを取りあげた取材映像を見たばかりで、だから私たちは過剰に反応してしまってるわけなのだ。

 養子縁組を斡旋しているとあるNPO法人の相談ダイヤルに寄せられるのは、望まぬ妊娠をして、相手の男とは連絡が取れず、責められるのが怖くて誰にも相談できないという女性たちからのSOS。かくも男とは逃げるものなのかと、昨夜さんざんぐだぐだと管を巻いたばかりだったのた。

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