10.完了
「わが馬具わが武具、そは混沌の沼を穿つ斬撃たれ!」
矢を受けて落ちた魑魅に駆け寄り、私は矛を振り上げた。薙ぐように突くように丸々した胴体に一撃を与える。
ひゅんっと空が唸る音がする。私は矛の柄から手を離してかっ飛んできた円盤状のものをキャッチした。
投げるなよ、神宝を。御神鏡を投げてよこしたシモンを横目にちらっと見据えてから、私はくるっと鏡面を魑魅へと向けた。
「
ぐおっと、黒い頭から魑魅が鏡面に突っ込んでくる。ずんっと鏡を固定した手が重くなる。体全体で神鏡を支えながら吸引の勢いでのしかかる風圧に耐える。ひゅんっと黒いしっぽまで吸い込まれると、急に手ごたえがなくなり私は弾みでひっくり返ってしまった。
「十和子さん!」
仰向けになった視界に闇夜の星の瞬きと、遅れて慎也さんの心配そうな顔が入ってきた。
「大丈夫です。祓完了です」
両腕を伸ばして神鏡をかざしながら起き上がる。ちょうど目の前で、貴和子が膝をついて崩れていた。
「大丈夫かー?」
「大丈夫じゃないわよっ」
「キレるなよ」
「ぴんしゃんしてるあんたがおかしいんでしょうが、体力霊力お化け!」
怒鳴る元気はあるんじゃないか。
何を言っても怒られそうなので黙っていると、脇からやってきた克也がすっと貴和子を抱き上げた。
「お先に失礼しても?」
「うん。おつかれさま」
足早に家へと向かうふたりの姿を、いいなーお姫様抱っこ、などと思いつつ見送った。
慎也さんに神鏡を託し、再び本殿に安置する。祝詞をあげる慎也さんの後ろで清らかな気持ちでいるのを心がけている私にシモンが話しかけてきた。
「なんだったんだ? あの黒いの」
私はちょっと黙ってから、思ったことを口にした。
「山の神様が怒ったのかもね」
鹿は神様の使いとも山の神そのものとも考えられている。山にゴミを捨てて汚す奴にはもちろんやっぱり腹が立つが、シモンにも一応クギをさす。
「やたらと山の動物を殺さないで」
「やたらとなんかじゃない。遊んでるだけだぞ」
もっとたちが悪いじゃないか。あきれる私を残してシモンはふらりと本殿の裏に姿を消した。
その後お風呂はシャワーですませ、自室の布団の上でストレッチをしていると慎也さんが麦茶を持ってきてくれた。
「すみませんでした。わたしがもっとねばっていれば」
結界が解けたタイミングが悪かったわけじゃない。被害が出たわけでもない。だから私は申し訳なさそうな顔をする慎也さんの前で堂々と首を横に振った。
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